寂寥
柔らかい春の日でもなく、爽やかな秋晴れの日でもなかった。夏の日差しが畳を焦がし、蝉が熱い大気を震わすような日、そんな碌でもない日に姉は倒れた。薬代はおろか、診察代すらなかった。入院なんて以ての外。姉は黙って耐えていた。いつも通りに生活しようとしていた。そうしてる内に病は取り返しのつかない所まで進んだ。
俺は真選組に入り適当に人を斬ったらお金を頂ける生活で仕送りをし始めた。それを人はその若さで偉いわねぇなどと同情するように言ったが、俺なんて。俺なんて姉上に比べれば全然可哀相でも偉くもないのに。姉上は両親をなくしたその瞬間から俺を抱えて今の俺より幼い頃から必死に二人分働いて、俺に好きな剣をやらせてくれ、読み書き算盤を教え、働きすぎで体を壊し、それと俺というコブつきのせいで嫁にも行けず、好いた人には置いて行かれ、そしてやっと娶って貰えたと思ったらその相手は腐った闇商人だったし、そのまま病気は悪化してあっさり死んでしまった。
なぁ、それはないだろう。あまりにも酷すぎるだろう。何で、何で姉上がこんな目に遭わなければいけない?
俺は死に際の姉上に囁いた。ミツバだなんて平凡な名前だから悪いんだ、普通はヨツバだとか幸せになれそうな名前をつけるもんだろう。母上も父上も、何考えてそんな名前つけたんだ。
姉上はいつも通りの変わらない笑顔で、俺の頭を静かに撫でて、言った。諭すように。まるで母親のように。
「違うわそーちゃん、母上も父上も、あの貧乏な家に生まれた時点で私が人並み以上に幸せになれないことが分かっていたのよ。だからせめて人並みに幸せになれるように、ミツバと名付けて下さったのだわ」
それでも。
それでも俺は、姉上の死を納得出来なかった。あまりに不幸な彼女の人生を肯定する事など出来なかった。俺は初めてわぁわぁ泣いて、冷たい身体に縋ってどうしようもなくぐちゃぐちゃでドロドロな感情を持て余して、しょうがないのでそれらは全部涙にして流した。そう言えば記憶に残っている限り、声を上げて泣いたのはこれが初めてだと思った。
そんな俺もまた、もしかしたら不幸であったのかもしれない。