Kissはグラスに映る


目の前には、グラスに入った炭酸水。どこからか現れた気泡が上へと立ち上り、表面で音も立てずに儚く消える。こうやって炭酸は抜けていくのだな、などとぼんやり思った。気泡は後から後から出て来て無限のように思えるのに、何時の間にかなくなってしまう。俺たちの恋心のように。
俺たちは今、絶賛喧嘩中である。
俺は余りにも怒っていたから、ここ暫くあいつを徹底的に無視してやった。最初の頃はあいつも俺に怒っているからお互い無視しあってただけだったが、日が経つにつれ、何だか寂しそうにしたり俺に近付こうとしたり話しかけようとしたり。普段の俺なら、そんな山本を見て可哀想になって許してやったりするのだが、今度ばかりはそんな山本を見てもちっとも憐憫の情が湧かないほど俺は怒り狂っていた。
そして俺が山本を無視し始めて早2週間目の金曜日、いつも通り十代目と2人で帰ろうとしたら、いきなり腕を掴まれて「俺ん家に来てくれ」と言って引っ張って行こうとするから正直爆破しようと思ったのだが、十代目が「獄寺君、行って話聞いてあげて」と言うからしょうがなくついて行ってやったのだ。
そして、今に至る。

俺は出された飲物にも口をつけず、ひたすらそっぽを向いているし、山本は正座して俯いている。何なんだよ言いたいことがあるなら早く言えよ、と思うが自分から口をきいてやるのは絶対嫌だ。
居たたまれない沈黙が5分ほど続いた後、痺れを切らした俺はもう帰ろう、と思い立ち上がった。
「ご、獄寺待って!」
切羽詰まったように山本が叫ぶ。振り向くと、あいつは畳に手をついて頭を下げていた。俺は思わず立ち止まる。
「ごめんなさい!俺が悪かった!だから俺と口きいて下さい!お願いします!」
茫然、とした。いつもヘラヘラしている山本が、必死で謝っている。俺に許して貰いたくて、俺に捨てられたくなくて。
俺は唐突に笑いたくなり、くるりと後ろを向いた。それを山本は帰ると思ったのか、慌てて追い掛けてくるとがしっと腰にしがみついて涙ながらに嘆願する。
「悪かったってば!もう二度としないから置いてかないでくれ!俺を捨てないでくれよー!ごくでらー!」
遂に堪えきれずに俺は吹き出した。
「ご…獄寺…?」
腹を抱えて笑い転げる俺をあいつはぽかんとした顔で見ていて、それが更に俺の笑いを増長させる。
「…何がそんなにおかしいんだよ!」
「だって、おま、情けねー…!」
「ちょっ…俺が必死に謝ってんのに、それはねーだろ!」
山本は顔を真っ赤にするが、それもまた面白くて俺の笑いは止まらない。
やっと笑いが治まった時には、俺の怒りはどこかに飛んでいた。何で怒ってたんだろう、と思うほど。

「じゃあ、改めて」
正座し、グラスを前に向き合う。
「ハイ。すいませんでした。もう二度としませんから許して下さい」
「よし、許してやろう」

俺たちは、テーブル越しに仲直りのキスをして、明日遊びに行く約束をした。グラスがカランと笑う。
氷がひとつ、やっと溶けたようだ。










喧嘩の原因は多分途轍もなく下らないことです。お菓子食べられたとかゲームの電源間違って切られたとか。中学生ですから。