登校拒否
隼人が最近学校に来ない。
授業をサボるのは別に全然珍しくないが、学校を立て続けに何日も休むというのは流石に少し心配だ。
そう、僕だって彼に関しては心配くらいするんだよ。何、その目?
という訳で、彼が学校に来なくなって早一週間目、僕は帰りに隼人の家に寄る事にした。メールは心配したと思われるのが癪なので送ってない。ていうか、こういう場合彼から送るべきだと思うので、自分から送るのは腹が立つ。文句を言うのも兼ねて家に行くのだ。うん。
隼人のマンションは、一人暮らしには勿体ないほど立派。中学生の分際で何でこんなマンションに一人で住めるのかと聞いたら、親が買ってくれたのだと言っていた。僕もまあまあ裕福な方だと思っていたが、隼人の家は格が違うようだ。
オートロックのマンションは、入り口のインターホンで住人を呼び出し、ロビーへのドアを開錠して貰わないと、マンションの中へすら入れない。僕は隼人の部屋番号を押した。無機質な呼び出し音が続く。…隼人はなかなか出ない。いくら隼人でもずっと呼び出され続けたらその内出るだろうに。こんな時は、悪い予感ばかりが頭を巡る。もしかしたらサボりなんかじゃなくって、本当は病気で倒れてたりしたらどうしよう、とか。こんな考えバカみたいって思うんだけど、一度思いついたらこびり付いて離れないから厄介だ。
もう一度呼び出して出なかったら乗り込もう、と思ったその瞬間、後ろから聞き慣れた声がかかった。
「雲雀…?」
ばっと振り向くと、久し振りに見る隼人が驚いた顔で立っていた。手にはコンビニの袋。アイスの箱がはみ出している。
…アイス?
「何だよ雲雀、突然!あ、もしかして心配してくれたとか!?」
「…どういうこと?これ」
「え」
「ちょっと中で話聞かせて貰うよ」
「…はい…」
隼人の部屋に入った途端、ひんやりした冷気がさっと体を包んだ。
「うわ、寒!冷房何度に設定してるの!ていうか何で外に出てる間もつけっぱなしな訳?地球温暖化って単語知ってる?」
「え、えぇと…23℃…帰って来た時冷房効いてないと暑いし…し、知ってるぞそれくらい!!」
しどろもどろになりながらも何とか僕の問いに順番に答えていく隼人。
僕はため息をついて、冷房の温度を27℃に上げた。何だか悲しげな視線を感じたけど無視。
「ねぇ…もしかして一日中ずっとつけっぱなしなの?冷房病になるよ」
「う…」
「学校来なかったのってまさか暑いからじゃないだろうね」
「うぅ…」
「唸ってばっかじゃ分かんないよ」
「だ、だって俺は暑いのダメなんだよ!だるくて食欲もなくなるし…最初は我慢してたんだぞ俺だって!暑くてもちゃんと学校行ったし!」
「で、ついに耐えきれず学校を休んだら、冷房を効かせた涼しい家から出られなくなったと」
「…はい…」
「寝る時くらいは冷房切ってるんだろうね当然」
「………」
眼をそらす隼人。
僕は、持ってた鞄で隼人の頭を思い切りばこんと叩いた。
「いってぇー!!」
「今すぐ切りなさい!!」
「やだー!!」
「じゃあ僕が切るからいいよ!」
嫌がる隼人の手から無理やりリモコンを取って電源を切る。隼人は拗ねてソファの隅っこで丸まってしまった。ふふ、猫みたい。可愛いけどここは隼人と地球の為にも心を鬼にしなきゃいけない。
「うぅー暑いー」
「……」
「雲雀の鬼ー」
「……」
「暑いよぅ…」
「じゃあアイス食べれば、さっきの」
「…雲雀にはあげないからな!」
「別にいらない」
「……」
「……」
「雲雀…一個あげる…」
「…ありがとう」
「雲雀がお礼言った!!」
「咬み殺すよ」
「…ごめんなさい」
「……」
「……」
「…あのさ、応接室ってクーラー効いてるんだよね」
「…へ?」
「ちっさいけど冷蔵庫もあるし」
「……」
「…だから!暑いの苦手ならずっと応接室にいてもいいから、とにかく学校来なよ!って言ってんの!!」
「……!い、」
「…(もう、察してよ、恥ずかしい!)」
「行くっ!」
隼人はとびきりの笑顔で僕に飛びついた。僕の体が熱いのは、きっと隼人がしがみついてるせい、だけじゃない。