機械の腕



「楽しそーだな、獄寺」

もう今は誰も使わぬ廃屋の庭。手入れする人がいなくても木は茂り、花は咲く、そして燦々と陽光が注ぎ込む、そんな美しいと言うべき場所に彼は立っていた。

足下に血溜まりを作って。

塀の上から降りかかった声に獄寺は顔を上げた。見なくても分かる、彼が敬愛している10代目の、家庭教師にして一流の殺し屋、リボーンだ。

「あ、リボーンさん」

獄寺は血の付いた顔でにっこり笑った。
それは暖かな午後の陽光に似つかわしくなくて、生々しくて、しかしその対極の筈のどちらもが彼に似合っていた。

彼の足下には、穏やかな庭に相応しくない男たちの死体がゴロゴロ転がっている。その体の全てに、光を受け煌めくナイフが突き立っていた。

「これで全部か?」
「はい、ちゃんと死んでますよ」

にっこり、まるで褒め言葉を待つ子供の様に笑う。リボーンは塀からひょいと飛び降りて死体を調べ、彼の望む言葉をかけてやった。

「心臓を一突き。見事だな」
「ありがとうございます」

秘密裏に殺しをする時、獄寺はダイナマイトを使わない。銃も使わない。日本では目立ちすぎるからだ。その代わりにナイフを使う。ナイフなら、音もなく相手の身体に吸い込まれていく。普段から派手に爆薬を使って暴れているので疑われる事もない。言わばダイナマイトは表向きの武器であり、ナイフが本当の武器。リボーンは、この事を知っている数少ない一人だった。

「ん…コイツだけ肩だな」
「ソイツは情報を持ってる様だったんで、暫く生かしといたんです。ほんとは壁に磔みたいにして少しずつナイフ刺していこうかと思ったんですけど、喚かれたりしたら面倒だし、壁に痕が残るからやめました」

淡々と語る彼の口元には、薄く笑みすら浮かんでいる。リボーンはそれを眺めながら、仕入れた情報を理路整然と喋るこの怜悧で利発な少年を哀れに思った。聡くて強い彼は世の中を簡単に生きて来ただろう。これからも簡単に生きていくだろう。そしてそれを知っているだろう。

何てつまらない人生。

「隼人」
「はい?」
「お前、ツナの右腕になりたいって言ったよな」
「はい!」

ぱっと顔を輝かせる獄寺。
そう、確かに彼に感情はあるのだ、少なくとも喜びは。それなのに欠落している。喪失している。

何を?

「お前は殺しに慣れすぎだ」

そう言い放つと、リボーンはまた塀の上に飛び乗った。獄寺は、それを反射的に見上げる。少し動揺している様だった。
血は既に乾き始めていて赤黒い。きっとこの後、彼は適当に誰かに喧嘩をふっかけて帰るだろう。夥(おびただ)しいという血の量ではない。喧嘩をしました、で充分誤魔化せる。普段から血の気の多い彼を疑う者は誰もいない。

「マフィアが殺しに慣れて何がいけないんですか!」
「お前は殺しを楽しんでるな」
「……余計な感情はいれるなと…?」
「分かってねーな」
「だって、俺はそう教えられたんです!機械でいいんだって!どうせ鉄砲玉なんだから、何も考えずに殺してればいいって!でも、俺は10代目を心底尊敬してるから、だから、今は鉄砲玉でもいつか必ず右腕になります、なりたいんです!」

「機械の腕は壊れたら交換されるぞ」

「…っ、機械…?」
「人間なら、せめて悼んで貰えるだろうけどな」

それだけ言うと、リボーンは塀の向こう側に飛び降りた。小さな身体はすぐに見えなくなった。
途端に力が抜け、柔らかな草の上に座り込む。さわさわと葉の擦れる音が聞こえる。降り注ぐ陽の光の暖かさを感じる。
手に持つナイフの冷たさも、感じる。

「…分かんねぇよ…」

呟いた言葉は誰にも届かずに地面に吸い込まれていった。


初夏の午後に、彼は汗一つかかない。