幸運と不運は紙一重






「せーんぱいっ!」
「うわあぁぁぁ」

間抜けな声をあげて派手に転んだのはご存知不運委員長、善法寺伊作である。
後ろから突然飛びついて来たきり丸にバランスを崩し、持っていた本は雪崩を起こし、更にはその落とした本に蹴躓いてすっ転び、縁側を歩いていた為そのまま転がって地面に落ち、その地面が前日の雨でぬかるんでいたせいで服は泥だらけ。大切な本が泥まみれにならなかっただけマシだと言えよう。
さすがのきり丸も、自分の行動がここまでの事態を引き起こすとは思っていなかったようで、笑ったような申し訳なさそうな複雑な表情をしている。

「あのぅ、すみませんでした…」
「いいよ、気にしなくて…」

あああ、またお風呂に入らなきゃ…と呟けば、きり丸は心底同情した眼で伊作を見上げた。

「先輩ってほんと運悪いっすねー」
「良く言われるよ。もう慣れてるけどね…今日は怪我しなかっただけマシ」
「そうっすか…」

取り敢えず泥を払い、縁側に登って本を抱え直す。きり丸は首を傾げた。その顔には「これでマシな方なんですか」と書いてあるので伊作は笑ってしまった。

「ところで僕に何の用だい」
「あ!そうそう、俺図書委員なんですけどね、善法寺先輩が期日過ぎても本を返してないから取り返してこいって、中在家先輩に言われたんです」
「あー…もしかしてこれのことかな…今返しに行こうと思ってたところなんだ」

抱えた本の中から一冊を示すと、それです!と元気な答えが返って来た。

「すまないね、わざわざ長次のおつかいをさせて」
「いいえー!中在家先輩がお駄賃は伊作がくれるって言ってましたし!」
「……」

長次め…。
僕だって今月キツいのに!

しかし、ニッコーと満面の笑みで手を差し出すきり丸にそんな事も言えず、なけなしの小銭を取り出す伊作だった。

「これからはきっちり期日までに返すようにするよ…」
「え、別にいいっすよ!」
「何で?君もいくらお駄賃貰えるからって、いちいち取りに来るのは面倒だろ?」
「うーん…他の人だったら嫌ですけど…伊作先輩なら、」

言葉を濁し、伊作を見上げるとニッと笑って言葉を続けた。

「俺が会いたいんで、大歓迎っす!」


…どさどさっ。

せっかく拾い上げた本は、また音を立てて伊作の足下に散らばった。

「わーっ、ちょっと何やってんですかせんぱい!」
「いや…あ、ごめん…」
「もう何なんですか!そんなにショックですか!?意外ですか!」
「ちちち違う違う!」

慌てて手を振ると、伊作はきり丸をぎゅっと抱き締めて笑った。

「じゃあこれからも延滞するから、きり丸くんが取りに来てよね」
「…了解っすー」

えへへ、と少し頬を染めて、きり丸も笑い返した。

(僕は不運なんじゃなくて)

「君を手に入れるために幸運を使い切っただけなのかもね」
「え?」
「いや、こっちの話さ」

伊作はもう一度微笑むと、赤くなったきり丸の頬に優しいキスを落とした。