一寸




まだ幼い頃、何かあるとよく裏山のてっぺんまで登って泣いた。
理由は様々。委員会について行けない自分が不甲斐なかったり、勉強や実技で他人に負けたり、誰かに勝ったことで嫌味を言われたり。勝っても負けても泣いていたなんて、今思えば私はなんて弱かったのだろう。
ひとしきり泣いたあとは、刻限までに学園に戻り何事もなかったかのように過ごした。私の目が少々腫れていようと服が汚れていようと、綾部は何も聞かないから楽だった。

ある日私がまた一人ぼろぼろと泣いていると、後ろに気配を感じる。最初は獣かと思ったがどうやら人のようだった。気配は私に殺気を向ける訳でもなくただ佇んでいるだけで、私がそろそろ帰ろうかという頃合いになるといつの間にやら消えていた。
何だったんだろうと思いながら学園へ戻ると、綾部が部屋の前で待っていて「お帰り」と言った。そんなことは初めてだった。私は「ただいま」と言い、そこから黙って一緒に夕飯を食べ、風呂に入って寝た。
綾部の髪に葉っぱがついていることにも服が土に汚れていることにも気付いていたが、黙っていた。

それから私が裏山に行くと必ず気配がついて来て、学園に戻ると綾部がぽつんと待っていてくれた。
誰にも泣き顔を見られるのが嫌だからわざわざ裏山までこっそり泣いているというのに、綾部が弱い私を知っていることは何故か嫌ではなかった。

だけど、弱さを見せるのは別だ。

もういい加減気付き、気付かれていることは分かっているだろう。なのにお互い踏み出せない。どうやって声をかけたらいいの?笑えばいいの?私たちはどうしようもなく下手くそだった。大切な人の心に踏み込むのが怖かった。

例えば私が部屋の隅で声をあげて泣いていたら、綾部は驚いた顔をして駆け寄って来るだろうか。
泣きながら綾部の名を呼べば、彼は私を支えてくれるだろうか。
それは綾部の重荷にならないかな。

ねぇ、これ以上気付かないふりが上手くなる前に、気配を隠すのが上手くなる前に、



(私を抱きしめてくれないか)