後生の先達
筆を扱う指先は白く伸びていて、間違っても墨を零したりなんかしない。戦輪を操る時も常にぴん、と真っ直ぐだった。髪の毛は一筋の後れ毛もなく、いつも高く結い上げられている。筆記試験も一番なら実技試験も一番。
彼はいつも完璧であった。
歳は六年生ながら諸事情あって四年生に編入した俺は、今までの職業柄年下と接するのを特に苦にすることもなく、すんなりと溶け込めた。
滝夜叉丸も三木ヱ門もああ見えて世話好きらしく何かと手をかけてくれるし、特に勉強面では本当にお世話になっている。綾部はああ見えて何気に人をよく観察している子で、俺が困っているとさりげなく助け舟を出してくれたりして感謝することが多い。
今日の四年生合同の実技授業は、滝夜叉丸の得意な戦輪だった。三木ヱ門は滝夜叉丸が嬉しそうにしているのが気に喰わないのだろう、石火矢の授業ならいいのにとぼやいていたが。
滝夜叉丸が寸分の狂いなく的に次々と当てていくのを見ながら、俺は綾部にそっと話しかける。
「滝夜叉丸、相変わらずすごいね。」
「ええ。私は罠を作る授業の方が好きですが。」
「ふふ、綾部らしいや。俺もいつか滝夜叉丸みたいになれるのかなぁ」
俺がほぅ、と息を吐きながら言うと、綾部は少し考えてこちらを見た。
「タカ丸さん、知ってますか」
「ん、何を?」
「滝夜叉丸の背中は傷だらけですよ」
にこり、と笑うと綾部の順番が回ってきたらしく彼はそのまま行ってしまった。
一人残された俺は自分の手を見つめる。
俺の手は、気を使ってるつもりでもやはり乾燥したり染料に触れたりで、お世辞にもきれいとは言えない。
本格的に髪結いの勉強を始めた時のことを思い出した。父のあとを継ごうと決心したときの、あの気持ち。
あの時みたいに一生懸命勉強したら、四年経って色んな傷を増やしたら、今の彼らみたいになれるだろうか。大好きだけど尊敬してる、年下の先輩たちみたいに。
俺はぎゅ、と手を握りしめた。
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