掘る人埋める人





食満留三郎は、夕暮れが好きだった。
授業が終わり、委員会の仕事を済ませ、あとは美味しいご飯を食べて風呂に入って明日の予習をし、少し読書をして寝るだけ。
一日の終わりは心地良いものだ。

今日も綺麗な夕暮れが学園を染め上げていた。
留三郎が委員会の後片付けを済ませ、さぁ食堂に行こうかと振り返ると、そこには穴掘り小僧の異名をとる綾部喜八郎が立っていた。
珍しいこともあるものだ、と留三郎は思う。何か、彼愛用の穴掘り道具でもなおしてくれと頼みに来たのだろうか。綾部はついさっきまで土の中にいましたと言わんばかりの汚れた格好をしていた。

「こんにちは、食満留三郎先輩。こんばんはと言うべきでしょうか。この時間の挨拶は難しいですね。」

逆光のせいだろうか、綾部は不思議な笑みを浮かべて挨拶をした。
留三郎はなんと返して良いか分からず、そうだな、とだけ言った。

「どうしたんだ、俺に何か用か?」

とりあえず、嫌いではないが一風変わっていて扱い辛いこの後輩の用件を早く聞いてしまおうと、食満は本題を促す。
しかし綾部はふるふると首を振った。髪がゆるやかな波を描いて揺れる。

「私は食満先輩にお願いをしに来たのではありません。ちょっとお喋りを聞いて頂きたくて。」
「……はぁ。俺で良いのなら、聞くけど。」

綾部はにっこりと笑った。
倉庫の壁を背に綾部が座ったので、食満も並んで座る。
留三郎は、正直言ってこの後輩と話が弾むと思えなかった。平に一緒にいて欲しいと思ったのは初めてだ。
そんな留三郎の気持ちを知ってか知らずか、綾部はのんびりと口を開く。

「私、落とし穴とか、土を掘るのが好きなんですよねぇ。」
「…知ってるよ。」
「いつもたくさん掘るんですけど、そのたびに先輩は埋めちゃいますよねぇ。」
「だってそうしないと学園が穴だらけになっちゃうだろ。」
「そう、そこなんですよ。」

ぴっと指を立てて語気を強める綾部。
留三郎は全く話が見えず、頭の上にクエスチョンマークをいくつか浮かべた。

「先輩が穴を埋めてくれないと、学園に穴を掘る場所がなくなってしまいます。私は今まで、どんなに頑張って作った狼穽も食満先輩があっという間に埋めてしまうので、実はちょっと食満先輩に怒ったりもしていました。でも気付いたんですよ、食満先輩が穴を埋めてくれるから、私はいつも穴を掘れるんだって。」

留三郎は今度はぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「なので、いつもありがとうございます。」

綾部はもう一度にっこり笑って、軽く頭を下げた。

「えーと…どういたしま」
「食満先輩、先輩は穴を埋める時何を考えてますか?私は穴を掘るとき土の柔らかさとかどこまで掘ろうかとか、この穴の底に何を仕掛けようかとか、今日は誰が引っ掛かってくれるだろうとか、いっぱい考えてますよ。あとね、最近はこの穴を埋める食満先輩のことも考えているんですよ。」

留三郎の言葉を遮って、綾部は喋り続ける。こんなにたくさん喋る子だったんだなぁ、と留三郎は思った。

「先輩は穴を埋める時何を考えてますか?ただの仕事ですか?それとも私のこと考えてくれてます?掘るのにどれくらいかかっただろうかとか、今日のは手抜きだなぁとか、これは頑張ってるなぁとか」

「いや…、うん、」

「ねぇ先輩、これからは先輩ももっと私のこと考えて下さいね。そしたら私たち、もっともっと仲良くなれると思うんですよ。」

喋り終えた綾部は小さく息をつき、返事を促すようにこちらをじっと見つめる。
留三郎は綾部の大きな目から視線を逸らせず、曖昧に頷いた。

「先輩、またお話しましょうね。」

綾部は立ち上がって軽く服の汚れを払うと、軽く払ったくらいでは落ち切れないくらい彼は汚れていたのだが、ついでに持っていた手鋤の土も落とし、軽く会釈するとすたすたと歩いていった。


「俺、あいつと仲良くお喋り出来る日が来るのかなぁ…」

綾部の姿が見えなくなってから、留三郎はため息を吐き出す。
並んで座って初めて気付いた、やはり成長途中の小さな身体とか、思ったよりくるくる回る口とか、自分のとは違うふわふわ揺れる髪とか、彼はとても魅力的な後輩ではあったけれど。したたかなのか天然なのか、これからは穴を埋める時、嫌でも彼を思い出さざるを得ないではないか。


夕暮れは一日の終わりだとばかり思っていたが、今日に限っては始まりだったようだ。