この世の限り






最初、この子は全く手の付けられない子でした。素行も悪ければ心を頑なに閉ざし、誰も立ち入らせようとしません。特に大人と言うものを信用していないようで、私が休みの間引き取る事になった時も随分揉めたものです。

そんな訳で、いざ一緒に暮らし始めてもそれは気まずいものでした。

私も親を失った身ですが彼程幼い時に失った訳ではないし、彼の悲しみを思うと何を言ったら良いか全く分からず、叱る事も甘やかす事も出来ず、彼は彼で勝手にやるから僕には構わないで下さいと言うオーラを全身から発していて、当たり障りのない会話をするのが精一杯でした。

そんな時、私はあるものを知ったのです。

それはピンクセラピーと言う、一種のカウンセリングでした。
彼の固まってしまった心を少しでも溶かしてあげたいと。彼にしたら余計なお世話かも知れませんが、担任の域を超えて私はそう思ったのです。

私は彼に一枚の画用紙とピンク色のクレヨンを手渡して、これに好きなものを好きなだけかきなさい、内職は私がやっておくから、と言いました。
彼は不思議そうな顔をしていましたが、暫くするとぎこちなく紙の上にクレヨンを滑らせ始めました。
線や点、絵の様で絵でないもの、若しくは動物、若しくはモノ、若しくはひと。
様々なモノが、全部全部鮮やかなピンク色で描かれました。

やがて彼は一人の女の人を描きました。
その横に男の人を描きました。
ご両親かい、と声をかけるとはい、と返事が来ました。
そうして、小さな声でぽつぽつと話し出してくれました。


お母さんは村一番の美人だったんです。髪も長くって、綺麗で。村の人にお母さんが誉められると俺も嬉しかった。お父さんは時々怖かった。でも優しかった。俺が山とかで良く迷子になると探しに来てくれて、絶対一番に見付けてくれた。二人とも大好きだった。弟も妹も、たまに子守が嫌だなって思う時もあったけど大好きだった。もっといっぱい遊んであげたかった。…友達も、明日遊ぼうねって約束したのに…、


彼はそこで言葉を切りました。
いえ、切ったと言うより話せなくなったと言った方が正しいでしょうか。堰を切ったようにぼろぼろと涙を流すのです。
一体何年分の涙でしょう、私はただ黙って彼を抱き締める事しか出来ませんでした。
いつもの気丈な外見と裏腹に、びっくりする程小さくて弱々しい身体でした。

その日から彼は少しずつ近付いてくれるようになりました。
おずおずと、しかし確実に。
それは私も同様で。子供など持たない私ですが、子供が居たらきっとこれ位愛しいのでしょう。


幼い頃、君が一番幸せだった頃、それは遠い昔の話なのですが、次にこのクレヨンを使う時思い出すのは今日の日であったりして欲しいなぁ、などと願います。
君にもこれから幸せが来ると教えてあげたいのです。
人生プラスマイナスゼロだって思いたいものじゃないですか。
だから、幸せの色でもっと塗って。

昨日にはお別れ、今日には出逢いです。



(然様なら、初めまして)