午睡
「みんなー、授業始めるぞー席につけー」
ある春の昼下がり。
いつものように土井半助が授業を始めようとすると、乱太郎がすっと手を上げた。
「どうした乱太郎」
「先生!きり丸くんがいませーん」
「きり丸が?何でだ?」
「お昼ご飯は一緒に食べたんですけど…その後、俺昼寝してくる!って言ってどっか行っちゃって。午後の授業までには戻るって言ってたんですが…」
「戻って来ないねー」
「ねー」
無邪気に笑うよい子たち。
半助ははぁ…とため息をつきながら胃がキリキリと痛むのを感じた。
「しょうがない…きり丸は私が探して来るから、お前たちは自習してなさい」
「やったー自習だー!」
「自習だぞ!遊ぶんじゃないぞ!戻ってきたらテストするからな!」
えー!という盛大なブーイングを無視し、半助は問題児を探しに教室を出た。
外はうららかな春の陽気が漂っていて、確かに昼寝をしたくなる気持ちも分かった。特に日向はぽかぽかしていて、思わず眠くなる。
「だが、だからと言って授業をサボっていい訳ではない…」
とぶつぶつ言いながら歩いていると、割とあっさり問題児は見つかった。
は組の教室からは少し離れた、静かな木陰の根元に青くて丸いものがうずくまっている。半助は思わず怒りも忘れて笑ってしまった。
恐らく本当に少しうたた寝するだけのつもりが、この暖かい日差しに包まれてつい熟睡してしまったのだろう。
半助が近付いても全く起きる気配がない。これだけ気持ち良さそうに寝ているのを起こすのは忍びないが、起こさない訳にもいかない。きり丸の側に座ると、肩に手をかけ優しく揺すった。
「きり丸、起きろー。もう授業始まってるぞー」
「んぅー」
少し眉を寄せたが、それでも起きないきり丸。忍がそんなことでどうするんだ…と半助は肩を落とした。
と、ふと気付いたら、自分の袖を小さな手がしっかりと握っていた。同じように小さな口が、ゆっくりと動く。
「…お、父…さん…」
背筋がぞくりとした。
一瞬、魘されているのかと思ってドキッとしたが、違うようだった。きり丸の顔を見遣ると、とても幸せそうに微笑んでいる。半助はほっと胸を撫で下ろした。
「ずるいなぁ、きり丸…」
そんな風に、幸せな両親の夢を見ている彼を誰が起こせるだろうか。もう夢の中でしか会えないのに。
すやすや眠る彼を起こさないように軽くこつんと小突くと、もう一度嬉しそうに笑った気がした。
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