無心




ごそごそと。
虫が這う。
女の子ならば気持ち悪いと言って悲鳴の一つでも上げるだろうか。くのいちならば平気かもしれないけど。
しかし今のタカ丸には、その虫が何より気分を落ち着かせた。
人じゃダメ。だって周りの人間は皆ひとを殺してるんだもの。
こいつらは誰も殺さずに生きている。


「おや?君は?」

後ろで声がするので振り返ると、生物委員の竹谷八左ヱ門が立っていた。

「新しい生物委員のひと?」
「い、いえ、違います。ちょっと見てただけで…すみません、」
「あぁ、君、新しく編入して来たタカ丸くんだね!兵助が言ってたよ」

火薬委員に派手な後輩が入って来たってねー、と竹谷は笑う。
人の良さそうな笑顔に、タカ丸は少しホッとした。

「どう?忍術学園には慣れた?」
「……」
「どうしたの?」

黙り込むタカ丸を、竹谷は心配そうに覗き込む。
視界がじわりと滲んだ。

「…先輩、俺、甘かったんでしょうか。簡単に忍者になる、なんて決めちゃって。ひとを傷付けることもあるって分かってたはずなのに…俺は今までぬくぬくと暮らして来たからそう言うのに慣れてないだけですか。当たり前のことなんですか?」

竹谷は暫く黙っていたが、やがて眼を伏せると、「実戦演習をしたんだね」と小さく呟いた。

「…俺も、最初はそう思ったよ。周りの奴らも皆そうだった。でもさぁ、その内やっぱり慣れちゃうんだよねぇ。悲しいけど。だからせめて、何でもいいから生きているものに触れたくて、生物委員に入ったんだ。タカ丸くんも、その内慣れる。絶対慣れてしまう。だから今のその気持ち、大切にしてね。出来るだけ忘れないでいて」

生物委員に入るならいつでも歓迎するよ、と竹谷は微笑んだ。

この人はきっと優しい人なんだろう。
ありがとうございます、とお礼を言って、虫たちに眼を戻す。
彼らは先程と変わらず、音も立てないでひたすら無心に何かの葉を食べていた。

タカ丸は、それを心底羨ましいと思った。




(何も考えたくないや)