疑惑




十歳。
物心つく年頃というには、少々大きすぎるだろう。
それでも、初めて会った時から何故か懐かしくて大好きだったのだ。

長期のお休みに、土井先生と二人で暮らすのは本当に楽しかった。今まで住んだどこよりも「家」だと思ったし、「家族」だと思った。先生は俺を欲目なく可愛がってくれ、叱ってくれた。多分俺は先生がいなきゃもう生きていけない。

雷や風、雨の夜は先生と一緒に寝た。
最初は何だか子供みたいで嫌だったんだけど、先生が抱きしめてくれるのが嬉しいので俺も抱きつき返す。先生の柔らかい胸に顔を埋めると安心する。満たされる。
その充足感が大好きなので、最近はずっとお風呂も一緒だし寝るのも一緒。
だからね、つい呼んでしまったんだ。



「お母さん」



勿論俺はぱっと口を塞いで謝った。
恥ずかしかったし、そこまで慕われては先生も迷惑かな、と思ったんだ。
そろそろと顔を上げる。先生が「何言ってるんだ」と笑ってくれると思って。
でも俺は先生の顔を見て固まった。
多分先生は俺の異変に気付かなかっただろう。だって先生はおかしい。どうしてそんな、たわいない子供の言い間違いに。


怯えた顔するの?


先生は俺の視線に気付くと取り繕ったように微笑み、「良いんだよ」と言って頭をくしゃりと撫でた。
不意に俺はこの感触を知っていると思った。死ぬほど欲しかった感触だった。