サカナ





兵助は可愛い。
兵助は「三郎の方が可愛いよ」と言うが、どう見ても兵助の方が可愛いと思う。
俺は本当は兵助を他の男になんて抱かれたくないんだ。俺だけのものにしたい。俺だって散々色んな奴に抱かれてる身で、そんな図々しいこと言えないんだけど。
最近兵助を気に入って良く買いに来る綾部さん、とうとう兵助にプロポーズしたらしい。それを聞いた俺はよっぽど悲しそうな顔をしたのだろう、兵助は苦笑して「三郎がそんな顔すると思って断ったよ」と言った。そしたら俺はよっぽど嬉しそうな顔をしたのだろう、兵助はまた笑った。

「それに僕は三郎のいない生活なんて考えられない」



「……ってさ~兵助が言うんだよ~」
「ふーん」
「ちょっと…ちゃんと聞いてよ雷蔵」
「聞いてます。ウザイ」
「何その態度!」
「何だよ。僕だって君をここから出してあげるって何回も言ってるじゃない」
「だって兵助ごとじゃないでしょ」
「無理だよそんなの!」
「嫌だ!兵助と別れるなんて!」

いつも通りの押し問答に、雷蔵はため息をついた。分かっている。俺だって申し訳なく思う。雷蔵はこんな話をしてもまだ俺のことを好きだと言ってくれるし、娶ってくれるとも言う。俺は全ての男の中で雷蔵が一番好きだけど、全ての人間の中では兵助が一番好きだからどうしても首を縦に振れないのだ。

「でもねぇ三郎。滝ちゃんだって今度身請けされるんでしょ?あの子、君より若かったじゃない。君だっていつまでも若く綺麗ではいられないんだよ。兵助だって。それでも僕は多分ずっと君のことを好きでいられるだろうけど、僕だって将来あの店を継ぐんだ。ここいらで嫁を貰わなきゃいけないんだよ。僕は自分にとって二番目以降のひとと連れ添おうとは思わない。君じゃなきゃ嫌だ。君が一番なんだ」

そう言って雷蔵は俺を抱きしめる。
俺は嬉しくて悲しくて胸が痛くなった。この温かい腕はとても好きだ。でも兵助の柔らかい身体を抱きしめるのも大好きなんだ。分かってるよ、雷蔵を選べば俺は幸せになれるって。だって雷蔵を選ぶ以外にここを出られる道はないんだから。ここにいたってやがて朽ち果てるだけ。俺も兵助も。兵助だって俺を選ばない方が幸せなんだ。

「雷蔵、」
「うん」
「どうして人間は一人しか選べないのかなぁ。俺は決められない。決められないよ。大好きだよ、雷蔵」
「うん」

雷蔵が優しく頷くので、不意に眼の奥が熱くなった。こういう時に、人は死にたくなるのであろうか。