横槍




滝夜叉丸は眼の前の男を睨み付けた。


「何故お前がここにいる」


睨まれた男──文次郎は怯みもせずにその視線を受け止め笑う。

「ここは女を買う処だろう?」
「そういう問題じゃない。ここには違う男が来るはずだと言ってるんだ」
「食満留三郎なら来ない」

彼の名前を出すと彼女は眼を見開いた。長い睫毛がしぱしぱと瞬く。

「俺はアイツの代わりに来た」
「…意味が分からない」

滝夜叉丸は尚も眼光を緩めない。馬鹿にするな、と言いたいのか。遊女ってのは位が上がるのと比例してプライドも高くなっていくようだ。
(全く構わないが)
文次郎は心中で呟く。プライドのない女など相手にしたってつまらぬ。俺が好きなのは、こんな。


「もうすぐ私はこの牢獄を出るんだ。もう私は遊女ではない。お前がいくら払おうとも夫でない男に抱かれる気はない」
「知ってるさ。お前は確かに近々ここを出る。でもアイツの手によってじゃねぇ。お前をここから出すのは俺だ」
「…私の夫は留三郎だけだ」
「違う。俺だ」

その言葉を聞くと同時に、滝夜叉丸は激昂し文次郎の胸倉を掴む。髪に挿した簪がしゃらんと揺れた。

「何故だ!私はそんなの聞いてない、納得しないぞ!大方留三郎の実家が裕福でないのを知って金寸でも送りつけたんだろう、汚い奴め!留三郎は絶対に私を売ったりしない!」
「…ああそうさ、アイツに金を渡したって意味がない、アイツは絶対にお前を売らなかった。だからここの女将に金を積んだよ。喜んで譲ります、だと」
「なっ……」

滝夜叉丸の腕から力が抜ける。へたりと座り込んだ彼女を、いっそ優しく文次郎は抱きしめた。

「いいじゃねぇか、ここを出られるってんだから。俺だって鬼じゃない、お前が大人しくしてりゃ可愛がってやるさ」
「…どうして私にそこまでこだわる?」

滝夜叉丸は力無く呟く。
文次郎は彼女のさらりとした髪を掴んで上向かせると唇を重ねた。


「俺はな、食満留三郎という男が大っ嫌いなんだ」


だからアイツのものは何でも奪ってやる。どんな手を使ってでも奪ってやる。
それだけ。

「…それだけ?」

滝夜叉丸の顔に絶望が広がった。
意志の強い眼から涙が溢れる。文次郎はそのうつくしさにゾクリとした。彼の一番好きな女が顔を覗かせるのだ。
俺が好きなのは、こんな。




(プライドを崩された女)