古山茶の花




ツバキの花は首が落ちるようにぽとりと散るので、嫌われるらしい。
だけど俺はその様が嫌いじゃなかったりする。呆気なくて、潔ささえ感じるそれは、ほら、人間に似ていないか?
それに何よりこの花は綺麗だもの。誰がどう言おうと綺麗だ。


この学園にも、ツバキが植えられた一角があった。設立当初からずっとあるものらしい。もう百年は生きているだろうか。
百年経ってもこんなに美しく咲けるなんて、少し羨ましかった。人間に似てる、なんて言ったけれど人間は百年経ったら大半が朽ち果てている。
今はみんな美しい盛りだけれど、すぐ醜くなって死んでいく。いや、死んでいくのが醜いのかな?
あの人も。今がきっと一番美しい。
俺はあの人に似合うだろうと、一際濃い赤色をした花を摘もうと手を伸ばした。
その時、不意に後ろから声がした。


「あまりそのツバキに近付くな」


ハッとして手を引っ込める。
振り向けば俺が花を捧げようとした当人、立花仙蔵先輩が立っていた。

「先輩…」
「ツバキだけではない。古木は全て妖をなすと言うぞ。不用意に近付いて精を吸い取られたりしないように気をつけろ」
「はい」
「特にお前は美しい」
「……」

先輩の方が余程、そう言いかけて口を噤んだ。先輩の美しさも俺のそれも、永遠のものではないなら例えお世辞などではなくたって無駄なやり取りに思えたのだ。

「どうせ、人なんてすぐに美しくなくなります。老いるか死ぬかして」
「お前は若いくせに悲観的だな」
「知っているだけですよ」
「そうかな?」

先輩は皮肉っぽく笑うと、自分はすたすたとツバキに近付き、さっき俺が摘もうと思っていたその花を摘んだ。俺は先輩の白い指先と深い赤のコントラストに暫し見とれる。先輩はその赤い花を俺の頭に挿してくれた。

「やはりよく似合う」
「ありがとうございます」

今まで女装もたくさんしたし、色んな人に同じ言葉を言われたのに、特別美しい人に言われると何故かドキドキするものだな、と思った。

「きり丸、人は確かにすぐ死ぬけれどツバキの花だって毎年死んでいるのだよ。人間だとて同じだろう、死ぬ者がいれば生まれる者がいる。ツバキも生まれ変わる為には死ななければならぬ。だが、百年生きれば話は別だ。力…妖力を持ったモノは死なない。このようにな」

先輩は俺の髪に挿したツバキにそっと唇を付けた。心臓が跳ねる。見透かすように、先輩の指が俺の頬を撫でた。ひんやりと冷たいのに、何故か心地良かった。

「これでこの花は枯れない」

おまじない、なんかじゃない。
本当に枯れないのだろう。そう信じさせる力が、先輩の眼には宿っていた。


「お前も、その花のようになりたければいつでも言うと良い」


先輩はにこりと微笑む。ただ美しく。
その後ろに、俺は唐突に百年の歳月を感じた。