白線の外側で
──電車が参ります、白線の内側にお下がり下さい───
いつもの聞き慣れたアナウンス。
綾部はくるりと回りを見渡した。みんな実によく言う事を聞いている。やはり自分の命が関わると素直になると言うものだ。
綾部もとりあえずは白線の内側に立ち、もうすぐ電車が来るだろう線路を見下ろした。あと一分もしない内に鉄の固まりが音を立ててやってくる。
電車が来る直前の線路に、密かな引力を感じるのは自分だけだろうかと綾部は思った。普段ならさして興味も感じない線路は、ここに立った途端表情を変える。
何だろう、見下ろしていると吸い込まれそうなのだ。
奇妙にぐらり、平衡感覚が歪む。
おや、と思ったら誰かが腕を掴んで引き戻してくれた。
「何だよ綾部、自殺か?」
「…久々知先輩」
にこりと笑うその人は一つ上の先輩だ。
綾部の身体から力が抜ける。そうして綾部は初めて自分の身体が強張っていたことを知った。
「自殺じゃありません。引力に逆らえなかっただけです」
本当のことを言っただけなのに、久々知はからからと声を立てて笑った。しかしそれは嘲笑の類ではなかったので、不思議と腹は立たなかった。
「電車が悪いのか?お前らしいなぁ」
「そうですよ。私を引き込もうとしてるんです」
「そりゃあ危ないな」
そう言って久々知は綾部の手を優しく、しかし強く握る。
「これからは綾部と一緒に帰らなきゃ」
綾部が見上げると、至極真面目な顔がそこにはあった。頷き返す代わりに、彼の温かい手をそっと握り返した。
ごお、と凄まじい音を引き連れ電車が目の前を走る。
綾部は瞼を下ろした。
引力は、もう感じない。
.