夜に囁く
「お帰り、伊作」
控え目に開けられた扉に声をかけると、びくんと気配が奮え暫くして「まだ起きてたの」と返事が来た。
「あぁ、明日はどうせ休みだしな」
「寝ててよかったのに」
「夜更かししたい気分だったんだ」
あはは、何それ、と伊作は笑った。何故だかいつもより乾いた笑いだった。
伊作の身体は、お湯を浴びて来てもセックスの匂いが拭いきれない。毎夜出掛けては何をそんなに忘れたいのだろう。
食満には分からなかったが、忍をやっていれば辛いこともたくさんあるのだろう、とただ心を痛めていた。
「嘘だよ」
「え、」
「最近伊作とすれ違ってばかりだからな。たまにはお前と他愛ないお喋りでもしたいと思って待ってたんだ。いや、勿論お前が眠くて早く寝たいのなら寝てもらって構わないんだが、俺が勝手に待ってただけだし……伊作?」
いきなりぎゅっと抱き着いて来た伊作に、食満は戸惑いを浮かべる。
伊作は、このいっそ愚直なほどに真っすぐな友人が愛しくて仕方なかった。
目頭が熱くなるのを首を振ってごまかす。どうして彼女はこんなどうしようもない自分を大切に思ってくれるのだろう。
食満に縋る自分をきたないなぁと思った。
「ねえ、みんな僕のこと可愛い可愛いって言ってくれるのに、好きだとは言ってくれないんだよ」
震える声で呟く伊作が痛々しかった。
食満は思わず彼女を抱きしめ返す。
「大好き。大好きだよ、伊作」
慰めじゃない本心が伝わってくれればいいのだけど、と願いながら。
好きという言葉を望む相手に好きだと返すことは。
(慰めにもならない)
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