深い穴の底から
「せーんぱい」
地上から可愛い綾部が可愛い笑顔で俺を覗き込む。そう、綾部に悪意はないのだ。これは綾部の愛情表現なんだ。分かっている。ていうかそうに違いない。そうだと信じたいもの。だって愛情表現じゃなかったらこれは殺意にしかならない!
引っ掛かった俺が言うのも何だけど、綾部の狼穽は四年生が作ったとは思えないほど立派だ。綾部が俺を陥れようとする間隔は段々短くなり、今では休み時間に移動するのも気をつけなくてはいけないくらい。そして日を経るにつれ深くなり巧妙になる。分からなくなる。綾部の気持ちも。
俺は、自分の身体の横にひっそりとしかし堂々と存在を主張する、先端を斜めに切られその切っ先を天に向ける竹にゆっくりと指先を近付けた。
ぷつり、小さな痛みが走り指先を赤い玉が転がる。
嗚呼、やはり本物か。
綾部は俺を串刺しにしたいのか?
「違いますよ、先輩。掠ったらいいなって思ったんです」
「いいなって…突き抜けたらどうするんだよ!」
「その辺は私なりに計算しました」
「万が一とかあるだろ!」
「私は血を流す先輩を見たいんです」
「俺、絶対いつか死ぬな…」
「その時は私も死にます」
綾部はにこりと笑って俺に手を伸ばした。
「愛してますよ、先輩」
俺は自分の手を伸ばすのを躊躇った。
この手を取ったらその気持ちを受け止めたことになるんだろうか。
ドクンと心臓が鳴る。
(畏怖か期待?)
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