病原菌




ひととは呆気ないものだと知っていながらやはり呆気ないからこそ失ったという事実を認めたくないのだろう。
俺は幸か不幸か目の前でひとを失うのは二回目であったので、些か落ち着いていた。義務と感情の狭間で少し揺れたが、やはり彼の敵を討つことにする。頭の隅だけが冷静で、自分の心を遠くから眺めている気がした。
暫くして、地面が血で滑る程の惨状に立ち尽くしているのは俺だけになった。
こいつらの仲間も俺を殺してやりたいだろうな。そう思ったら笑えた。
やりたいならやればいい。そうして俺を殺した奴らは、また俺の仲間に恨みを買う。連鎖する。その発端を作ったのは?紛れも無い、あいつらだ。皆で殺し合いしましょうよ。これだけ昔から人間が変わらず飽きもせず続けているのはそれくらいでしょう。ってことは人間は人間を憎むのが好きなんでしょう。全く我の強い生き物だ。
俺は汚れた顔を袖で拭こうとしたが、服がそれ以上に汚れていたのでやめておいた。それより早く彼の亡き骸を学園に連れて帰らないと。
血が大半流れ出した筈の彼の骸は何故か酷く重かった。

学園に戻ると、彼の亡き骸を見てみんなが泣いた。みんなの涙を見て初めて俺は自分がまだ泣いていないことに気付き、罪悪感に襲われた。
みんなは彼の死を悲しみ、俺だけでも無事だったことを喜び、彼を無事連れ帰ったことを感謝してくれた。忍の最期というのは大概が無惨なものだ。
しかし俺は泣かなくては、と思う一心でそれどころではない。泣かなくてはなんて思う時点で間違っているのだけど。ただみんなが泣けば泣くほど彼を遠く感じた。


カラリ、扉を開けると陽の光に埃がきらきらと照らされた。
つい一週間前まで彼と虎若が使っていた部屋は今は空き部屋だ。一人になると彼がいなくなったことを痛感させられ余計に辛いのだろう、虎若は庄左ヱ門と伊助の部屋に移っている。
彼の私物は未だそのままだ。使っていた机も上げっぱなしの布団も開いたまんまの帳簿も。彼だけが消えてしまった。


違う、消えたのではない。


死んでしまったのだ。いないのは死んでしまったからなのだ。
俺は首を振った。俺はまだ彼の死を自覚出来ていなかったのか?ああそうか、だから悲しいと思えなかったのか。もう会えないんだ。絶対会えないんだ。死んだっていうのはそういうことなんだ。悲しいなぁ。寂しいなぁ。
足の先から、熱が生き物のように逃げていくような気がした。
逃げた熱は机の前でもやもやと黒い人影を作る。いつも机に向かう彼は少し猫背だった。懐かしさに胸が痛む。冷えた足先は背筋を冷やしゾクリ、と身体を震わせた。なのに目頭だけは熱い。ああ、俺の身体から彼は出て行ってしまった。彼は死んでしまった。これが自覚するということ。これが悲しいということ。
いつの間にか、こんなにもお前は俺の中へ浸食して来ていたのだ。

ふいに彼の名前を呼びたくなった。