晴でもなく雨でもなく暑くもなく寒くもない日に恋を自覚した。

彼は客で私は女だった。

私たちはお互い気が合わなかった。何しろ性格が全く同じなのだ。プライドが高くて負けず嫌い。磁石の同極のように反発し合う。それでも彼は何故か私のもとをよく訪れた。最近では遠慮なく喧嘩をする間柄になっていたが、彼はそれを楽しんでいたのだろうか。
少なくとも私は嫌ではなかった。

ある日彼はいつになく優しかった。
優しい男は嫌いだ。後ろめたい事があって私の機嫌を取りたいのか、それとも心底私に惚れているのか。私はそれを見極めなければならない。そんなのは面倒臭い。飽きたなら抱いて帰ってくれ。
しかし彼の場合はどちらでもないだろうと思った。思考回路が同じだから分かってしまうのだ。

きっと最後だから優しくするのだろう。

「お前、店の跡取りだったな。」
「あぁ。」
「見合い話でも来たか?」

ぴた、と私の髪を梳いていた手が止まる。当たりだな、と心中で笑った。

「…お前は聡い女だな。そういう所が、俺は嫌いじゃなかった」
「光栄だな。私もお前が決して嫌いではなかったぞ」

そう言って身を寄せると、殊更に優しく抱きしめてくる。
優しい男は嫌いだ。慰めならば笑止千万。私は腕から抜け出すと彼に背を向けた。ああ、可愛くないと分かっている。最後くらい甘えれば良いのにと。

「ちょうど私もお前に愛想が尽きて来たところだ。潮時だろう」
「留。お前さえ良かったら、」
「馬鹿を言うな。私がお店の御内儀になって何が出来る?お前も私も苦労するのは眼に見えている。そんな事を考えるくらいなら良縁のお嬢さんに気に入って貰えるよう気を配るんだな」
「…お前のその賢しさが、時に自分を傷付けていると気付かないか」
「私はこんな生き方しか知らない」

そう言うと彼は悲しそうに溜息をついて立ち上がった。
別れるのに、こんな気の利かない台詞しか言えない男はもう知らない。彼はそっぽを向く私のこめかみに口付けると、何も言わず部屋を出て行った。
さようならは言わなかったけれどきっともう二度と来ないだろう。私ならば二度と来ない。だったら最初から来なければ良かったのに。

部屋の窓から下を覗くと、彼が帰って行くのが見えた。
例えば私がここから真っ逆さまに落ちたなら、彼は私を受け止めてくれるだろうか。そうしてそのまま掠ってくれるだろうか。そしたらきっと、私はお前について行っただろう。
甲斐性なし。お前は私に一番近かったのに私を全然知らなかった。

ふと涙腺が緩みそうになって慌てて上を見上げると、太陽が暈を被っていた。
もうすぐ雨が降る。
私の代わりに涙雨が。

お前なんか、降られてしまえ。