Good-bye your back




「綾部、ちょっと付き合え。」

自主練するから。

滝ちゃんがそう言い出したのは、夜もとっくに更けそろそろ寝ようかという頃だった。私は読みかけの本から顔を上げて滝ちゃんを見つめる。滝ちゃんはああ見えて人に気を遣う子なのだ。普段ならこんな事絶対に言わない。私は黙って本を閉じ、立ち上がった。

戦輪の練習場にでも行くのかと思ったら、滝ちゃんは学園の塀をひょいと乗り越え外に出る。どうやら走り込みに行くようだ。どこまで走るのか知らないけど、学園の外に出るなんて。
裏山を越えて、裏々山まで。体育委員会で鍛えられているはずの滝ちゃんが、息を切らして一心不乱に走っている。私もつい必死についていった。

裏々山のてっぺんまで着くと、一番高い木を指差し登ろうと言う。断る理由もないので一緒に登り、丈夫そうな枝に並んで座った。上がった息を静めるのに、暫く二人とも黙り込んだ。ようやく汗も引いた頃、滝ちゃんが重い口を開く。


「…今日、三木に告白された」
「そう、」
「呼び出されて。行ったら、」
「うん」
「真剣な顔で言うんだ。冗談なんかじゃないって」
「うん」
「…私は。あいつはずっとライバルだと思ってて、もう顔を合わせれば喧嘩するのが義務みたいになってて。でも好きだと言われるのは嫌じゃなかった」
「…うん」
「私はあいつにどう答えればいいのか分からない。そもそも自分の気持ちが分かってないのに、答えられる筈ないんだ」

なぁ綾部。私はどうしたらいい?


そう言うと、滝ちゃんはぽろりと涙を零した。私は暫し答えられなかった。と言うより呆気にとられたと言うべきか。
滝ちゃんが泣くのを見たのは随分久し振りだ。それで彼の行動にも合点がいった。ひとは頭がぐちゃぐちゃになると、ただひたすらに走って走って頭を真っ白にさせたくなるものだ。滝ちゃんは自分の心を分からないと言ったけれど、普段あまり感情の振れ幅がない滝ちゃんが泣くほど心を動揺させている。

それだけで十分じゃない。


「…滝ちゃんは、きっと三木ちゃんが好きだよ。」


私はそっと彼の肩を抱いた。
いつもより細く感じる肩だった。