ブラックアウト



かたん、と戸の外で人の気配がした。
起き上がるのも億劫なので顔だけでそちらを向き、どうぞと声をかける。
一瞬間を置いてがらりと戸が開いた。
逆光に眼を細めたが、暫くしてはっきりしたそのひとは懐かしい顔だった。

「…文次郎、」

「よぅ、久し振りだな。死にそうな顔じゃねえか」

そう言って、昔と同じ笑い方をする。軽口も。変わらない。

「お前、眠れないんだって?伊作から聞いた。ものは食えるのか」
「食べてる。けど最近はもう何をするのも億劫でほとんど布団から出ていない」
「そうか…、とりあえず果物を買って来たんだが、気が向いたら食えよ」
「あぁ」

文次郎は戸を閉め勝手知ったるとばかりに上がり込むと枕元に果物を置いた。
水でも、と言いかけて俺の顔を覗き込み眉を寄せる。

「随分痩せたな」
「そうか?自分では分からないんだが」
「どれくらい寝てないんだ」
「…一週間、くらい…」

俺は起き上がろうとして手をついたが、ふらついて支えられなかった。ああ、確かに重症なほど衰弱している。思わず彼の袖を掴むと、文次郎が背中を支えてくれた。その腕を、ふと頼もしいと思った。俺は女ではないのに。情けない。精神まで憔悴しているのか。
縋った彼の身体は熱を持っていた。
それに安堵したのか、懐かしい顔に郷愁を誘われたのか、ふいに目頭が熱くなる。文次郎は黙って俺の肩を抱いた。
不思議だなぁと思った。
学園にいた頃は顔を合わせりゃ喧嘩喧嘩で、静かに向かい合うなんて有り得なかったくらいなのに。久し振りに会うと落ち着くものなんだろうか。

「やっぱり痩せた」

文次郎がぽつりと呟く。

「伊作が言うんだ。あのままじゃ留は死んじゃうよ、とか必死になってさぁ、あいつほんと心配性治らないよなぁ。そう言って俺を脅すからよ、つい走って来た」

あぁ、だから身体が熱いのか。

合点がいった。嬉しくなって彼の胸に顔を埋めると、「笑うな」と言われた。
そういえば笑うのも随分と久し振りだ。

文次郎、俺は。
お前がいなきゃ笑えない。

「文次郎」
「なんだよ」
「もん、じろ」
「…泣くなよ」
「笑うなって言ったり泣くなって言ったりどっちなんだ」
「寝たらいいんじゃねえのか」
「うん」
「お前、俺より酷い隈だぞ」
「うん」
「側にいてやるから、寝ろよ」
「文次郎」
「なんだよ」
「俺、お前がいないとダメみたいだ」

文次郎はちょっと眼を見開いて、その次にため息をついて、心底嫌そうに、でも口元には確かに笑みを乗せて言った。


「そりゃあ迷惑な話だ」






下の話の続きです。