脱皮




「あ、」


隣で戦輪を磨いていた滝夜叉丸が、ふと声を上げた。
そちらを見遣ると彼は自分の指先を見つめていた。戦輪で切ったのかと聞くと違うようで、指先をこっちに向けると「逆剥け」とだけ呟いた。少し深く剥けてしまったのか血が滲んでいる。傷の下を圧迫すると、赤い血の玉がころりと転がった。

「おい、自分で血を出すなよ」
「何かこういうのって止まるまで全部出したくなるじゃないか」
「そうか?」

私ならさっさと布で縛るか何かして止血するだろう。相変わらずこいつの考え方は理解出来ない。
滝夜叉丸はぷつりと湧き出る赤い玉を拭き取り、また押し出し、拭き取りを繰り返した後、ようやく血が出なくなったようで、点々と赤い染みがついた布を無造作に懐へ捩込んだ。
そうして、今度は剥けた皮の部分を引きはがしにかかる。キリがないからやめとけと言ったってどうせ聞かないだろうから、言わないでおいた。
すると案の定深く剥いてしまったようで、さっき懐に入れた布をまた出して血を拭いている。あーあ、せっかく血止まってたのに何やってんだか、全く。
コイツはいつも俺が「絶対こうしないだろう」と思う事を一番にするのだ。つくづく正反対である。

「なぁ、三木ヱ門」
「何だよ」
「逆剥けって、このまま剥けていったらいずれ体を一周して元の位置に戻るかもとか思わないか」
「そんな訳ないだろう」
「何だ、夢のない奴だな。一皮丸々剥けたらすごいじゃないか」
「人間が蛇みたいに?気持ち悪い」
「私は常々そうなりたいと思っているぞ」
「……」

私が賛同も否定も言えないでいると、滝夜叉丸は初めてこちらに視線をくれた。


「そうして、もっとお前に素直な私になるんだ」


平然と笑い、また自分の指に目を落とす。
私は呆気にとられていた。果たして滝夜叉丸はこんな奴だっただろうか。自分の記憶にあるはずの昨日までの彼はこんな風に笑ったっけ?

「…お前、剥けたのか?」

ああ、普段の私ならこんなこと口走らないだろうに。
だが彼は笑いもしなかった。


「まさか」



…まさか、ね。