網膜の恋人





穴の開くほど見つめる、とはきっとこのことを言うのだろうと思う。
部屋を訪ねて来た綾部は、さっきからずっと飽きもせず俺の横顔を見つめ続けている。視線だけで確かに穴を開けられそうだ。何だってそんなに俺を見つめる。明日までの宿題で手一杯で、構ってやれないから邪魔しようとしているのか。自慢じゃないが、俺は誰もが認める美男子…ではない。決してない。悲しくなんかない。いや、だから、その、恥ずかしいんですけど!


「…綾部」
「はい、何ですか?」

耐え兼ねて俺が口を開くと、綾部はやはり俺から1ミリも視線をずらさずに答えた。

「どうしてさっきからそんなに見つめて来るんだ。宿題に集中出来ない」
「ああ、それはすみません。だけど私、先輩を見つめている必要があるんです」
「嫌がらせか…?」
「心外です」

綾部は口を尖らせた。視線は逸らさずに。俺はため息をつく。

「あのな、普通の人間はそうやってじっと見つめられると気が散って集中出来ないんだよ」
「では見るな、と?」
「見るなとまでは言わないけど!もう、綾部は両極端だなー」
「…先輩、私こないだ寝ようとして眼を閉じたら、先輩の姿が瞼に浮かんだんです」
「はぁ」
「それはその日見た先輩の後ろ姿でした。少しぼやけていたけど確かに先輩で、私はとても嬉しかったんですけど、先輩はだんだんぼやけてすぐ消えてしまって悲しくなりました。でも私考えたんです。その日は先輩をちらっと見かけただけだから、あんまり網膜に焼き付かずにすぐ消えてしまったんじゃないかって。だから今日は消えないように、ぼやけないように、しっかりと網膜に先輩を焼き付けておくんです」

…それでさっきから俺を見つめ続けているのか。漸く合点がいった。

「気持ちは嬉しいが、だからってなー…お前は限度というものを知らな」
「あっ!」

向き直った途端、何故か声をあげる綾部。今度は何だ。

「先輩の眼にも、私が映ってます」

にこにこと、嬉しそうに俺を見上げて来る。そりゃあそうだろう。俺は今綾部を見てるんだから。
おや?
ってことは俺を見てる綾部の眼にも。
綾部の眼を覗き込むと、やはりそこには自分の姿が見てとれた。
この眼の奥に、俺の姿を焼き付けるのか。確かに悪くない。

俺は瞬きをした。
瞼の裏に先程の綾部の笑顔が浮かんで、すぐ消えた。
眼を開けると、変わらぬ愛しい彼の笑顔。


「先輩も私の姿、焼き付けて下さい」


綾部がそっと囁いた。