欺瞞




「あれ、三郎これ嫌いだった?」

三郎が「兵助これ食べてよ」と言ってぽんぽん皿に投げ入れてくるものを見て久々知は首を傾げた。
確かこの間は俺の皿から取っていったと思うのだが。
そう告げると、三郎は記憶を探るように視線をさ迷わせ、思い至ったようにぽんと手を打った。

「あぁ、だってあの時は竹谷になってただろ?雷蔵はこれ嫌いなの」
「好みまで合わせてんのかよ…」
「なりきるってそういうことだろ」
「そうだけどさぁ」
「普段からやっとかないといざって時使えないじゃん。敵を欺くにはまず味方からって言うし」
「そんなもんかな」
「そうだよ」

それにしても人の好き嫌いまで覚えているのか。つくづく天才肌なこの友人に感心する。

「なぁ、兵助は何が好き?」

にやにやとそう聞いてくるので何だか悔しくなり、「教えてやらん」とそっぽを向くと「どうせ豆腐だろ」なんて言うので一発殴っておいた。




「兵助ー、これちょうだい」

横から聞こえた声に顔をあげるとそこには自分が居た。
正確には俺の顔をした三郎が。
分かっていても、やはり自分にそっくりな顔が至近距離にあるとドキッとする。

「やだよ、これ好きなんだから」
「けちー」

そう言って三郎は俺の横に座る。全く同じ人間が並んで食事を摂っているなんて、端から見たら異様な光景だ。いや、端から見なくても異様だ。雷蔵はよく平気だなぁと思った。慣れとは恐ろしい。

そう言えば三郎は、これが俺の好物だと知っていて声をかけたんだろうか。今は俺に成ってる、から?

俺は三郎をじっと見た。
視線に気付いた三郎が、不思議そうに俺を見返す。

「なんだよ。俺の顔、何かついてる?」
「三郎は」
「うん」

「『三郎』はこれが好き?」

「……」

俺の意図する所を理解したのだろう。
彼はにこりと笑って答えた。


「大嫌いだよ」


俺はため息をついて、好物を全部三郎の皿に入れてやった。三郎が何するんだよ!と文句を言ったが無視した。
もうとうに諦めている。



(どうせこういう奴なんだ!)