いつも殺したいと願うひと
「…久し振りだな。」
数年ぶりに聞いた声は更に低く呟くようだった。しかしそれは以前と変わらず俺の鼓膜をはっきりと震わせた。
「ああ、久し振りだ。この数年間全く会わなかったな。世間も意外と広いものだ」
「…お前の噂はよく聞く。よくない噂ばかり。最初は信じなかったが」
そう言った長次は言葉を切り、一歩二歩前に進む。俺は相変わらず彼に背を向けたまま、振り向かず眼の前の遺体をただじっと見つめた。赤すぎて、少しくらくらする。この血溜まりに倒れる彼女に、少しも罪はない。あるのは俺と、俺にその依頼をした主だ。すまないなとは思ったがそう思っただけで彼女を斬ってしまった。斬ることが出来るのならすまないなんて思ってないんじゃないのか。だってもう、ためらいもしない。
「…最近、こんなことばかりしてるんだ。ひとを殺す方が、報酬をたくさん貰えるんだ。前にお金に困った時に、つい引き受けてしまって。それでも最初は欲まみれの汚い奴らばかり殺してたんだが、そいつらは自分の身を守りたいが為にもっと多額の報酬を払うから逆にあいつらを殺せって。なぁ、だったら誰でもそっちを選ぶよなぁ?金がなけりゃ生きてもいけない。後悔したってもうまともな仕事なんて来やしないし、抜けられる訳もない。だったらこの道突き進むしかないだろ?だからいつかはこうなるんじゃないかって思ってたよ。まさかよりによってお前が来るとは思ってなかったけどな」
「…お前はもう金で動く危険人物だと」
「金がなければ人畜無害さ」
「じゃあ忍をやめろ」
「長次、お前意外と甘いんだなぁ。俺が殺されかけたの、初めてじゃないんだぜ。もう遅い、俺が悪い。分かってる。お前になら殺されてもいいよ。」
諦めたのだろう、彼は黙し、鞘からすらりと刀を抜いた。耳に心地良い彼の声を、もう少し聞いていたかったと思った。
そう言えば、こうしてひとと真っ当に会話をするのさえ久し振りだ。あまつさえひとに触れることなんて。もう忘れてしまった、生きた温かい感触。
「なぁ、長次」
「…何だ」
「俺が死んだら、抱きしめてくれないか」
「…約束する」
「お前の約束は信用出来るからいいな」
ぎし、と口元が歪む。きっと俺は笑ったのだろう。
ひた、と彼が後ろに立つ気配がした。殺気がぴりりと背中に伝わる。空気を切る音がした。彼はどんな顔で俺を殺すのだろう。いつもの無表情で、泣きそうな顔で、それとも俺の知らない新しい顔で?
お前ならいいとは言ったものの、黙って殺されるのも少し癪だから見てやろうと振り返れば、吐息がかかるくらいすぐそこに彼がいた。
次の瞬間にこの男は俺を殺すと言うのに、その身体を確かに温かいと感じた。
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