諦めることがすきなひと




始めは運が悪いのだと思った。
きっと誰かが悪戯で作った落とし穴や罠に偶然引っ掛かったのだろうと。
だがすぐに違うと分かった。
明らかに、俺だけが執拗に狙われ始めた。俺がその罠を上手く避けてみせると、落とし穴は深く巧妙になった。最近ではもう厠に行くのすら細心の注意を払わなければならない。流石に部屋までは入って来ないようなので、唯一自室だけが俺の安心出来る場所となっている。
そのうち飽きるだろうと放っといていたのだが、相手の攻勢は俺が罠に嵌まろうと嵌まらなかろうと止まることはなかった。ただ俺が罠に嵌まらなければ、次は更に手の込んだ罠が待ち構えていた。

「ねぇ、犯人探ししないの」

一向に何の行動も起こさない俺に業を煮やしたのか、同室の竹谷が問い掛けて来る。俺は課題の手を休め、顔を上げた。

「だって別に恨み買う心当たりとかないし…。罠から察するに、なかなか上手いけど下級生だろ。いいよ、ほっとけばそのうち止まるって」
「一ヶ月前にもそう言ったよ」
「そうだっけ?何かもう最近慣れて来たしさ、犯人探しとか面倒くさい」
「やる気ないなぁ」
「お前だから言うけどさ、い組にいると他の組の奴からいらない嫌がらせ受けることも珍しくないんだぜ」
「へぇー」

まぁ今回のはちょっとしつこいけど。引っ掛からなければ大して腹も立たない。
そう言っても竹谷は納得出来ない様子で、代わりに時々俺の周りを探ってくれているようだった。

しかし無欲の勝利と言うべきか何と言うべきか、俺は当の本人が狼穽の制作に勤しんでいる所に丁度出くわしてしまったのだ。場所は俺の部屋の真ん前。これじゃ例え俺がい組じゃなくたってモロバレだ。
彼は四年生で、柔らかそうなふわふわの髪をしていた。こないだの演習で見た覚えがある。学年合同演習では、同じ組同士グループを作るので、恐らく彼もい組なのだろう。そうだ、穏やかそうでいて鋭い眼光を放っていた。

「…お前、…綾部?だっけ?」
「…覚えてて下さったんですね。」

光栄です。
綾部は全く悪びれず笑う。

「お前、何でこんなことすんの。」
「先輩の気を引いているのですよ。」
「え、これ愛情表現なの?そしてそれを俺に言うか?」
「滝ちゃんに恋愛相談したらまず相手に興味を持って貰えと言うので、私なりの方法で以て先輩にアタックした訳です」
「はぁ」
「ですが、先輩は予想以上に他人に興味をお持ちでないようですね」

俺はドキッとして綾部を見つめた。会うまで名前も思い出さなかった後輩に、急に心を見透かされた気がして。
綾部は先程と同じように笑っていた、但し眼だけは相変わらず鋭くひかっている。



「私諦めませんから。」



そう宣戦布告すると、作りかけの狼穽をそのままにスコップを引きずって彼は去っていった。
つまり俺が彼に心惹かれるようになるまでこの猛攻は続くってことか?

「有り得ないだろ」

思わず口に出して一人呟いたものの、既に彼の名前と顔が完璧に脳に刻みつけられたことは認めざるを得ない事実だった。