聖書を燃やしたいと思うひと



転校生の俺の眼に最初に映ったのは、ミサをすると思われる大きな講堂で聖書を読み耽る彼の姿だった。
あまりにも絵になっていて、最初彼の存在に気付かなかったほどだ。
ああ、人がいる。
そう思った。
自分が一瞬で惹き込まれたことに、少し遅れて気付いた。



「…って言うのをさ。今同じように聖書読んでる滝を見たら思い出したよ」
「へぇ、そんなことが。」
「あ、やっぱり気付いてなかった?」
「すみません、よく同室の綾部にも注意されます」
「ふふ、そんなに聖書が好き?」
「好き、と言うか。私の心の支えと言うか、読んでると落ち着くんです。」
「ふぅん。ねぇ滝、悪いけど、君は神様って随分こどもだと思わない?」
「こども、」

彼は聖書をぱたんと閉じて俺を見上げた。少し眉を寄せて。彼は自身の拠所である神を侮辱されるのが何より嫌いなのだ。

「どういう意味ですか?」
「そう睨むなよ。俺は寧ろ親近感を抱いてるのさ。神様は些細なことですぐ怒ったり泣いたり、神同士で争ったり。まるで小さなこどもじゃないか?それが大きな力を持っているからタチが悪い。こちらが祈りを捧げないと臍を曲げる。早逝した才人は『神様に愛された』なんて言われるが、それも神様が彼らを自分の手元に引き寄せたかっただけの我が儘さ」
「タカ丸さん。神を上から見る気ですか」
「まさか。ただあまりにも人間に酷似してるって話」

俺はステンドグラスの中から青い眼でこちらを見下ろす女性像を見返した。
こちらが笑いかけても彼女は笑わない。
滝夜叉丸は眼を伏せ、「罰が下ったらどうするんですか」と小さく呟いた。

「大丈夫だよ。神様は俺みたいな問題児をお側に置こうとは決して思し召されないだろうさ」
「ヘリクツを…」
「俺は滝の方が心配だよー?君はとてもいい子できれいなんだもの。いつ神様の眼に止まるか分からない」

ある日突然逝かないでよ。そう言って俺は彼のパーツの中でも特に美しいと思う長い黒髪をさらりと梳いた。柔らかそうな唇にキスをしたい衝動に駆られたが、流石に怒るだろうからやめておいた。
彼は顔を赤らめ、その綺麗な唇をそっと開く。


「…じゃあ、私も少しはタカ丸さんのようにミサをサボったりした方が良いのでしょうか」


俺はぱちぱち、と眼をしばたたいた。本当に彼の口から出た言葉だろうか!
「そう思うよ!」
嬉しくてにっこり笑い彼の手を取ると、
「今日午後からのミサはサボリ。俺と一緒に街で遊ぶこと」
と宣言した。
彼は少々罪悪感に戸惑うそぶりを見せたものの、手を引かれるがままに席を立ち、俺のあとについて歩いた。

(思えば聖書を閉じた時点で彼は俺を選んでいたのだ)

講堂を出る前に振り返ると、ありふれた名前を持つ女が俺を睨んでいた。
俺は見せ付けるように肩を抱いた。