俺様の融通性








「一年は組のきり丸ってお前?」


「あ、はい、」
そうですけど、と言おうとした途端真正面からパンチが飛んできた。
慌てて一歩、二歩、後ろに下がるがこの見知らぬ先輩は尚も攻撃の手を休めない。得意の動態視力で必死に避けるが、あっと言う間に背中が壁につく。もう逃げられません、殴られる!と突磋に目を閉じたが、覚悟した衝撃が何時まで経っても来ないので恐る恐る目を開けると、拳は目の前僅か一寸で止められていて、思わず冷や汗が背中を伝った。

「何だ、全然大したことないじゃん…何なの、お前」
「そ、そ、それはこっちの台詞ですよ!あんたこそ何なんですか!」

あまりの言いように食ってかかると、彼はやっと拳を引っ込め、へたへたと座り込んだきり丸を見下ろして言った。

「五年ろ組の鉢屋三郎だ。武道大会準優勝って言えば分かるか?」
「…あ、」

前回の武道大会、学費免除に目が眩んだきり丸が乱太郎としんべヱを巻き込んで出場し、本来ならば旗七本を集めた鉢屋が優勝だったところ、乱太郎としんべヱの厚い友情により彼らの旗を足して旗八本になったきり丸が優勝したのだった。

「一年が優勝するなんてさ、どんなすごい奴が入学してきたんだろうって思って見に来たんだけど無駄足だったみたいだな。お前どんな手使ったんだよ」
「し、失礼な!ちゃんと正々堂々闘いましたよ!」

疑うように睨む鉢屋に、最後の二本を除いて、というのは黙っておくことにした。

「お前、今日の放課後暇?」
「へ、」
「まぁ暇じゃなくてもいーや。授業終わったらここに来いよ。仮にも天才と呼ばれる鉢屋三郎が、こんな一年に負けたなんて恥だからな。特訓してやる」
「へぇぇぇ!?」

有り難く思えよ!なんて胸を反らす鉢屋。
いやいや、てっきり制裁加えられるのかと思ったら違うみたいで助かったけど、そういう問題じゃない!

「冗談じゃないっすよ!俺このあとバイトなのに!」
「なに、毎日とは言わないさ。週6日くらいで良い」
「ほぼ毎日じゃないですか!」

きり丸の抗議などどこ吹く風で、じゃあ取り敢えず明日ここに来いよ!と言い残し鉢屋はさっさと行ってしまった。
あとには呆気に取られたきり丸が残されるだけ。


「どうしよう…」


彼の心からの呟きは、誰に聞かれることもなく虚しく風に消えた。