忘れた季節





久々に忍術学園に立ち寄った。ここの空気は好きだ。城や戦地と違い、心地良く張り詰めた空気は私の呼吸を自由にする。土の音、苦無が刺さる金属の音、軽い火薬の匂い、その全てに死の気配がしない。小松田くんがいつものように入門票と筆を片手に走って来た。たったそれだけのことにひどく安心する自分がいた。

サインした入門票を小松田くんに返すとき、彼がじょうろを持っているのに気付いた。君は花の水遣りもするのかいと聞くと、これも事務員の仕事です!と元気に返事をする。周りを見回すと確かに花壇がそこかしこにあり、綺麗な花をたくさん咲かせていた。

(―――あれ、)

あの花は何て言う花だっけ?

ピンクと紫の、細くて背の高い、可憐な、見慣れたどこか懐かしい花。子供の頃はよく折って持って帰った。母上に渡すと、優しく頭を撫でてくれた。あの頃はあんなに簡単に思い出せたのに。
暫く考えたが分からないので結局思い出すことを放棄した。
そういえば人の微細な気配はすぐ感じとれるのに、花が咲いていることには気付かなかったな。血や火薬の匂いにだけ敏感になっていって、秋の香も分からない。
それでも、今更自分が忍を辞められるとは思わないし辞めるつもりもない。自分で言うのも何だが、忍以上に私に適した職業はきっとないだろう。
目の前の青年は、それにしても久し振りですねぇやっぱり利吉さん忙しいんですね、僕もいつか利吉さんみたいになりたいなぁなんてにこにこ笑っている。
私は彼をじっと見つめたが、彼が一流の忍者になれるとは思わなかった。季節のうつろいも忘れ仕事に溺れる彼など想像も出来ない。だって君は花の名を忘れたりしないだろう。

「小松田くん、あの花の名前を知ってるかい?」
「あっ利吉さん馬鹿にしてますね!僕、忍術学園に植えてある花の名前くらいはちゃんと全部言えますよ!」

私がくすりと笑いそれでいいんだよ、と言うと彼は不思議そうな顔をした。
君は決して知らないだろうね。




(私の方が劣っているだなんて)