或る朝




薄闇が動いた気がして、綾部はゆっくりと眼を開けた。
すぐ横で規則正しい寝息を立てるのは滝夜叉丸だ。恐らく彼が寝返りをうったか何かして空気を揺らし、眼が覚めたのだろう。夜明けにはまだ遠かったが、再び眠るのも惜しくて綾部はそっと息を吐いた。覚醒しきらない頭で、ぼんやりと布団にくるまる朝はとても幸せで心地良い。夜布団に入る時は疲れているけれど朝はそうじゃない。至福の時間。とろとろと流れる静かな時間にずっと漂っていたくなる。
寝返りをうった滝夜叉丸はちょうど綾部と向かい合う形になっていた。何とは無しに滝夜叉丸の整った顔を見つめる。強い意志が宿る少しきつい眼も、よく喋る口も今だけは静かだ。勿論昼間の彼も大好きなのだが、朝の彼は綾部だけが知っている特別の彼。秘密の彼なのだ。
いつもは高く完璧に結い上げられた髪が、無造作に散らばっている。ご自慢のさらさらヘアは正に流れるように美しい。
その髪に触れたくなりつい手を出しかけるが、延ばした手はすぐ温かい布団の中へ戻された。触れてしまえば、聡い忍である彼はきっと眼を覚ましてしまうだろうから。
人一倍頑張り屋の彼が綾部より先に就寝することは滅多にない。起こすのは忍びなかった。
綺麗な髪に触るのは、彼が目覚めてからにしよう。彼が眠い眼をこすりながら起き出して来たら、その柔らかい髪を撫でながらおはようと挨拶するのだ。そうしたら彼はきっと私だけの特別な笑顔でおはようと返してくれるに違いない。

綾部は近い期待に胸を温めつつ、もう少し穏やかな朝を楽しむべく眼を閉じた。