顔
幼い頃からあまり感情を表には出さなかった。私の両親は厳格な人で、慎み深いのを良しとした。更に私は長男だった為、いつも責任感みたいなものを誰に背負わされる訳でもなく勝手に感じ、同年代の子供たちより一歩大人びた振る舞いをしていた。そしてそれを周りの大人たちは頼りになると、しっかりしていると褒めてくれた。
私は動き回る心を上手く制御することが出来た。動じない心は忍としても大事だ。私はそれを誇りに思いこそすれ、悔いることなどなかった。
しかし気付いてしまったのだ。
その子は新しく入った一年生で、今までになく活発でくるくると表情の変わる子だった。特に物静かな生徒が多い図書委員には珍しい。最初は騒がしいし、忍に向いていない子だと思った。でもその子は「ありがとう」と満面の笑みでお礼を言い、美味しそうに食事をし、誰かと喧嘩をしてはぼろぼろと泣いた。
それを見て、私は自分が怒りもしない代わりに笑ってもいないと気付いたのだ。
感情は確かに私の内にある。
しかしそれを外に出すことが出来なくなっていた。いつの間に?私は愕然としたけれど、その心を晒す相手もいなかった。
どんなに感謝の言葉を並べたって、あの子の笑顔以上に喜びを表せるものはないだろう。表情。大事なそれを、私はどこに落として来たのだろう。もう戻れない道だというのに、何故あんなに簡単に手放してしまったのだろう。
「先輩、考え事?」
「……何故」
「難しい顔してます」
「…分かるか」
「はい!」
「…お前の将来について考えていた」
「えぇ!?俺の成績の悪さ、そんなに有名ですか!?」
「…そういう事じゃない」
お前が、この先もそうやって心そのままの笑顔を引き出せるかということだ、と言ってやると彼は安心したようにそんなことかぁ、と言ってにっこり笑った。
それが私にとってどんなに難しい事だか、知りもしないで。
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