雨ふり小僧
「参ったな…」
仙蔵は一人呟いた。
山に椎の実を拾いに来たはいいが、さて帰ろうと思ったらどうやら道に迷ってしまったらしいのだ。
しかも雲行きまで怪しくなり、何やらポツポツと肩に当たるものがある。直に本降りになるだろう。山の天気は変わりやすいからと、念の為傘を持って来て助かった。
しかし山を降りられない事にはどうしようもない。濡れた地面に足を取られながらも急いで歩くが、一向に知った道に出なかった。
さて、これはもしかしたら迷わされたかと考え出した頃、ふと俯いた視線の先に下駄を履いた子供の足が見える。
こんな山奥に、と思い顔を上げると、傘も被らないで提灯を持ったずぶ濡れの子供が立っていた。
「君も迷子か?」
そう言いながら仙蔵が自分の傘を渡してやると、子供は嬉しそうにそれを受け取り、何故か柄を引っこ抜いて傘の部分だけを頭に被った。
変わった子だな、と見ていると子供はぱちりとした眼で仙蔵を見上げる。
「ありがとう。おれ傘なくしちゃって、雨師様に怒られちゃうとこだったんだ。あんた、いいやつだな」
「ウシさま…?」
聞かない名だがこの子はどこかの丁稚だろうか、それにしては言葉遣いがなってないが何故か憎めない。
「傘のお礼に、降りる道教えてあげるよ。ついて来て」
言うが早いが、くるりと後ろを向いてスタスタと歩き出した。綺麗な黒髪が背中で揺れる。子供は足場の悪い道にも関わらずひょいひょい歩いて行くので、仙蔵はついて行くのに精一杯だった。
それにしてもこの子は一体何なのだろう。この山には何度も来るが、こんな子供は見た事がない。
動きと言い容姿と言い、どこか人間離れしている。
人間、離れ。
人間じゃないのだろうか。
この子が私を迷わせたのか?
しかしそれならばわざわざ山を降りる道を案内したりはしないだろう。只良く分からないが、あやかしとはそういうモノなのかも知れぬ。
仙蔵は迷いながらも、取り敢えずこの子についてゆくしか方法がないので、黙々と後を追った。
程なくして、良く知った道に出た。仙蔵はホッと息をつく。
子供はそこで振り返ると、ぴょんと道の端に立って言った。
「ここまで来ればもう大丈夫だろ」
「ああ。ありがとう、助かった」
「あんたもおれを助けてくれたからな」
仙蔵が微笑むと彼もニコッと笑ったが、ふと表情を引き締めて自分を見上げる。
その眼に、何故か射竦められた気持ちになった。
ついさっきまで子供とばかり思っていたのに。その眼の中にはまるで千の齢が漂っているようだ。
「おれ、今日はヤマンボに会いに来たんだ。あんたはさっき椎の実を全部拾ってしまっただろ?だからヤマンボが怒ったんだよ。人間は欲張りな生き物だなぁ」
少しは、おれらの為に残しといてよね。
言い終わるのと同時、彼の姿はけぶる靄にかき消えた。
あとにはただざぁざぁと、雨の音。
雨の音だけだった。
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