迷彩




そぐわないのを趣味が悪いと言う。
俺は自分を理性的な人間だと知っているから、この気持ちに気付いたときそれを必死に封じ込めようとした。忘れようとした。なかったことにしようとした。理性で感情をがんじがらめにしてしまえば何とかなると思った。
しかし悲しい感情も、嬉しい感情でさえ俺は上手く隠すことが出来るのに、この感情だけは隠せないようだ。何故だろう。感情に優劣をつけることなど出来ないはずだ。
あの男が来ると機嫌のいい自分がいた。長く来ないと不安になり、何かあったのだろうかと心配した。何もないと分かると、何故来なかったのかと拗ねてみたりもした。
なんて単純なのだろう。恋は人を馬鹿にさせる。

理性はどこに行った?



ある日ぱたりと彼の消息は途絶えてしまった。それまでも彼はふらふらした所があったのだが、さすがに何ヶ月も来ないと言うことはなかったのに。最初は心配したり怒ったりもしたが、しばらく経つと諦めもついた。仲の良い女たちからは慰めの言葉をかけられたり同情されたり、嫌いなやつは裏で何を言っているか知らないが、俺の回りを様々な言葉が飛び交った。でもそれも直に冷める。ここはそういう場所なのだから。こんなことは日常茶飯事で、フるのもフられるのにも慣れないと傷付いたっていちいち死んではいられないのだ。

俺は花魁になんてなれなかったがそれでもそこそこの器量はあったし楽器も弾けたので、割と大きめのお店に身請けして頂くことになった。そこの旦那は育ちがいいのだろう、丁寧で優しい人だった。俺はこんないい人に遊郭から連れ出して貰えることを純粋にありがたく思った。そして何の音沙汰もなしに来なくなったあいつのことを思い、少し悲しくなった。あいつとあの優しい人を比べるなんておこがましい。一瞬でもあいつだったらなんて思った自分が情けなかった。まだ未練があるのかと、がっかりした。
幸せな予感に笑って出て行ってやると決めたのだ。終わった昔話に涙など流したくはない。




男はぱたと足を止めた。
真っ白な白無垢に身を包んだ女が、たくさんのきらびやかな女に見送られている。お幸せに。どうぞお幸せに。応える女は笑っていた。
男はあの女を知っている。大門の中にいる時は、いつも派手な赤や原色の着物を好んで着ていた。落ち着いているようでなかなかに気性の激しい彼女を的確に表しているようで、よく似合うと思っていた。

「あいつ、白も似合うんだなぁ。」

男は少し笑うと、行列とは別の方向へ歩みを変えた。
女が男に気付くことはない。