きれいなひと
歳を重ねる毎に洗練されたひとになりたい、と思うのはごく当然のことであろう。しかしそれには身近に洗練された人物がいなければならない。幸いにも私には最も近い場所に滝ちゃんがいた。滝ちゃんの一挙一動に私はどうしようもなく目を奪われる。髪をかきあげるのも、振り向くのも、食事をするのでさえ滝ちゃんは美しいのだ。
「綾部、こぼしてる」
「え」
私は慌ててご飯粒を拾った。
滝ちゃんは呆れた顔もしない。私が食事の度にものをこぼすのはいつものことだ。でもそれは私の箸遣いが下手だとか、手先が不器用だとか、そういうことではない。私はいつも滝ちゃんにみとれているのだ。滝ちゃんの指先があまりにきれいで、じっと見つめていたり真似をしてみたりするとこぼしてしまうのである。
滝ちゃんは一年の頃からずっときれいだった。そして歳をとる度に更にきれいになっていった。
「あ」
小さくあがった声に顔を上げると、今度は滝ちゃんのお箸から煮物の豆が転がり落ちたのだった。
「珍しい、滝ちゃんがこぼすなんて」
ふふ、と笑うと滝ちゃんも恥ずかしそうに微笑み返す。
「考え事でもしてた?」
「いや…綾部は相変わらずものをこぼすけど、一年の頃よりはずっと箸遣いがきれいになったよな、と思って」
私はぱちくりと目をしばたたかせて滝ちゃんの言葉を反芻する。何回か瞬きしたあとやっと脳に染み渡って、じわりと喜びが溢れてきた。
「…それほんと?」
「何で私が嘘を言うんだ」
「わっうそっ嬉しいなぁ!」
立ち上がってくるくる回りたいのをぐっと堪えて滝ちゃんの手を握り、ありがとう!と言うと滝ちゃんは不思議そうな顔をしながらも私がにこにこ笑っているので嬉しそうな顔をした。
(いつかあなたに似合うひとに)
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