立春の君
最近、先輩が私の髪をよく撫でるようになった。目をじっと見つめるようになった。委員会のあと、他愛もない話を二人でするようになった。「私がいなくなったら」等とよく口にするようになった。それを聞く度、私は悲しくなる。無理だと分かっていても、いつかは自分だって学園を出て行くと知っていても、ずっとあなたと一緒にいたいのに。
そう思ったら、いつもはしゃしゃり出る理性や恥ずかしさというものが七松先輩の大きな手に飛ばされてしまい、私は少し声を震わせながら「先輩がいなくなったら寂しいです」とだけ言った。それ以上言ったら泣いてしまいそうだったので。
七松先輩は少しだけ目を見開くと、私の頭をくしゃくしゃにして嬉しそうに笑った。そのあと珍しく真面目な表情になると、私の隣に座って口を開く。
「滝、私はね、こないだ考えたんだ。私はこの学園でたくさんの友達や滝みたいな素敵な後輩に恵まれて本当に幸せだなーって。この学園を出て忍者の仕事をやっていくうち、もし大事な友達が死んだら私は悲しい。お世話になった先生が死んでしまったら、可愛い後輩が死んでしまったら、私の心に少なからず穴が開いてしまうだろうね。忍者じゃなくたって人はみんないずれ死んでいく。死んだ人は当然戻らない。穴が塞がっても傷痕は残るだろう。だから、私はきっと今が一番幸せなんだろうなって。人間は歳を取ると、どんなに頑張っても若い頃ほど幸せじゃなくなってしまうと思うんだ。だからね、今のうちにたくさん幸せを感じておきたい。たくさん滝と喋っておきたい。あとで後悔しないように暮らしたい」
七松先輩はにっこり笑う。
「だから、卒業するまでもう少し私に付き合ってくれるかい」
私はこくこくと何度も首を縦に振った。卒業しても時々は遊びに来て下さいね、と、先輩からしたら聞き飽きているだろう台詞しか出て来なかった。どうせなら先輩の記憶に残るような気の利いた台詞は出て来ないのかと自分の平凡さを呪ったが、今はこの言葉が一番心を突きさした。
だって七松先輩が泣くのを見たのは、これが初めてだったのだ。
それからしばらくして、先輩はやっぱり笑って卒業していった。また遊びに来るから、と言い残して。
出来れば、次に会う時も笑顔を見せて欲しいと思う。先輩には笑顔が一番似合うのだから。
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