スコップと意地っ張り



ざく、ざくと土を掘る音が響く。
殊更に音を大きく立てているような気がしてならない。私に聞かせるように、もっとよく聞こえるように。
四年生にもなって掘る音を堂々と響かせながら狼穽を作るのはいかがなものかと思うが、原因は私にあるので叱る訳にもいかなかった。
私のせいで夏休みがなくなってから綾部は口をきいてくれない。悪いとは思っていた、四年生全員の休みをなくしてしまったのだ。せっかく代表として出たのに。だが高いプライドが邪魔をして素直に謝れず、つい裏腹な発言をしてしまい綾部を怒らせた。それから謝る機会を逃し続けて今に至る。

私は筆を置いて中庭を見遣った。
暑い中、一言も発さず黙々と土を掘り続ける綾部が見える。黒い髪がふわふわと揺れ、太陽を透かして灰色にも見えた。その背中は未だ私を許す気配はない。

強い陽射しに私が目を細めた時、ざわっと一際強く風が吹き木を揺らした。彼の癖のある髪が一緒に揺れる。
私の視線に気付いたのか、綾部がこちらをちらりと見た。いつもならすぐ逸らしてしまう視線を、綾部は固定して私を真っ直ぐに見つめて来た。

きっと今しかない。

そう直感した私は綾部が逃げない内にと思い、立ち上がると縁側に近付く。綾部は目を逸らさない。
久しぶりにお互いの顔をまじまじと見合った私は、綾部はこんな顔だったっけと思った。炎天下で狼穽を掘り続けていたせいか、鼻の頭の皮が焼けてめくれている。少し色も黒くなったようだ。

「…日に弱いのに、せめて頭巾を被らないと倒れてしまうぞ」
「……」
「いや、私のせいだと言いたいんだよな。分かっている。悪かった」
「…遅いよ、滝ちゃん。もう夏休み半分以上終わったよ」
「……」
「まぁいいや。正直滝ちゃんが自分から謝ると思ってなかったもの。それにビリになって一番悔しかったのは滝ちゃんだもんね。許してあげる」
「わ、私だってずっと悪いとは思っていたんだ!ただ三木ヱ門がぎゃあぎゃあ騒ぐから、売り言葉に買い言葉というか何というか」
「そこが滝ちゃんのいけないところだよねぇ」
「うぅっ」
「宿題、手伝ってね」
「分かった…」

綾部はそれを聞いて満足したように、滝ちゃんが手伝ってくれるなら安心だね!と言ってにっこり笑った。
そしてくるりと振り向くと、また先程の続きを掘り始める。

「おい喜八郎、まだ掘るのか」
「んー、最初は確かに滝ちゃんへの当て付けで掘ってたんだけどね、何だか途中から穴だらけにするのがひたすら楽しくなってきちゃって、どうせなら学園中落とし穴だらけにしちゃおうかなー、なんて」
「夏休み明けに下級生が泣くぞ…」

言っても無駄だろうと思いながら呟いてみたがやはりどこ吹く風で、楽しそうにスコップを振り回す綾部。こうなれば私の言うことなんて聞く訳もない。

私に出来ることは、彼が暑さにやられないよう頭巾を被せてやることくらいなのである。