唐突に、
何もいらないと思う。(いらない全て、に自分が入っていないのがあさましい)
全部捨てたらどれだけ楽だろう。
そう思って、次の一瞬に後悔して、首を振って、やっぱり全部いると思う。大切だ、捨てられない。なくなったら生きていけない。
友人も、同室のあいつも、後輩も、喧嘩しかしないあいつも。
よく寝られなくて寝不足で、なのに何故か目は冴えている朝。
答えの出ない考え事をぐるぐる巡らせ、たまに眠りに落ち、いつの間にか朝を迎える。そんな日はあいつに出会っても喧嘩する気になれなくて、いつもは絶対譲らない道を俺は自分から譲った。
文次郎は拍子抜けしたのか、呆気にとられた顔で俺を見つめる。
「…なんだよ、じろじろ見るな」
「お前熱でもあるのか」
「ねぇよ…今日は喧嘩する気分じゃないだけだ。大人しく譲られてろ、もうこんな機会ねぇぞ」
そう言ってやると文次郎は疑うような目付きで(俺が騙して不意打ちでも喰らわせるつもりだと思っているのか、甚だ不本意だ)俺の横を通り抜ける。視線は俺から外さない。俺は彼から目を逸らしていた。
「留三郎」
「なんだよ、まだ何か用か」
「やっぱお前変だぞ、目の下に隈出来てるし」
「年中隈作ってる奴に言われたくない」
ああ、やっぱり喧嘩になってしまいそうだ。そう思ったが彼は今度は黙ったままだった。視線が俺から外れなくて居心地が悪いので、やっと彼の目を正面から見る。
その目で理解した。普通はありがたく受け取るべきその思いに俺は何故かイラついて、はねのけた。
「心配してくれなくて結構」
心配なんてしてねぇよ、かな。それとも心配して損したとかかな。やはり怒らせるような事を言ってしまうな。喧嘩したくない癖に、俺は何をしてるんだろう。
だが文次郎は怒らなかった、返って来た答えも予想とは違っていた。
「喧嘩は一人じゃ出来ないだろう。だから早く元気になれ。」
それだけ言うと、彼は身を翻しすたすたと歩いて行ってしまった。今度は俺が呆気にとられ、後ろ姿をただ見送る。
なぁ文次郎、お前にとっても俺は「いる」存在なのか?俺が今朝とろとろ考えたように、捨てられないうちに入っているのか?
今度会ったら聞いてみようと思って、やめた。
次会う時はきっと喧嘩だから。
俺は一つ欠伸をして、彼と反対方向に歩き出した。
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