弱い人
小さい頃、留は泣き虫だった。
僕が泣けばつられて泣いたし、友人が怪我をすれば心配してその友人よりもびいびいと泣いていた。
今は彼も成長し、さすがにちょっとやそっとでは泣いたりしないけれど、それでも少しつつけばすぐ崩れることを知っている。僕だけは。
もうすぐ梅の花咲く、でもまだ春と呼ぶには早いそんな日に、彼はいつも通り自室で様々な備品の修繕を黙々とこなしていた。中には用具委員の管轄外であろう、友人や後輩からの個人的な頼まれ事も混じっている。僕はそれを見る度に彼をまったく優しいなぁ、と呆れの情で以て眺めるのだ。そこにはほんの少し苛立ちも混じっていた。
「留、またやってるの」
声をかけると彼は作業の手を止めて振り向き、おう、といつもの笑顔でにこりと笑った。
「全く君は人がいいね。自分も忙しいだろうに」
僕がそう言うと彼は少し困ったように首を傾げ、苦笑する。
「だってほら、俺たちもう少しで卒業だろう。だからそれまでに出来るだけのことはしてやりたくてさ」
「そっか」
それを人がいいと言うんだ、と心の中で呟く。忍者に向いていないと散々言われて来た僕だけど、留三郎も忍者に向いてるとは言えないだろう。いくら武術が得意だって、そんな弱い精神じゃ。キミ、もし僕と敵同士になったらどうするの。
「…もし卒業して、どこかの城に就職して、そこが戦とか始めちゃって伊作と戦うとかそういうことになったら」
突然留三郎がそんなことを言い出すので、僕は一瞬心を読まれたかと思いびっくりして彼の顔を見るが、彼はさっきの笑顔とは一転し俯いて修繕途中の籠をじっと見つめている。
「嫌だなぁ…っていうかそもそもちゃんと戦えるのか…とか、でも戦えないと忍失格だろうとか、そういうことを色々考えていたら悲しくなって、思考なんて全部振り払いたくなって、それでさっきまで修理に打ち込んでいたんだ。さっきの、建前。ごめん」
ああもう、馬鹿だなぁ留は。馬鹿、ばかばかばか。そんなんじゃどこにも雇ってもらえないよ。あっという間に死んじゃうよ。
「馬鹿だね、留、六年間も勉強してきてまだそんなこと言ってるの。そんな甘い考えでどうするの?腰抜けだなんて罵られても文句言えないよ。僕は相手が留だろうが誰だろうが、遠慮なく戦う。僕だけじゃない、他のみんなもそうだろう。留、そんなんじゃ生きて行けないよ。」
ばか、ばか、ばかと僕は繰り返す。久し振りに彼に罵声を浴びせてしまった。彼は泣くかな。さすがにもう泣かないかな。
留三郎は驚いてしばらく目をぱちぱちとしばたたかせていたが、やがて悲しそうな顔をして僕の頬にそっと手を添えた。
「伊作、ごめん。俺が馬鹿だったよ。泣かないでくれ」
泣いてなんか、そう言おうと思ったが鳴咽が邪魔をして言えなかった。
弱いのは紛れなく僕だった。
君の愚直さが、優しさが、
(泣くほどいとしいなんて)
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