つなわたり




ゆめを、みた。


ぼろぼろの、今にも崩れ落ちてしまいそうなビルの屋上に、藤原優介がひとりぽつんと立っている。

僕はどこからかそれを見上げていた。きっと地上からだろう。

藤原は屋上の手すりを乗り越えようとしていた。少し苦労して手すりを乗り越えた彼は、空中に向かって一歩足を踏み出した。

あぶない!

何故か声が出なくて焦ったけれど、藤原は飛び降りたのではなかった。
目をこらすと、向かいのビルまで細いロープが伸びていて、藤原はその上を恐る恐る歩いているのだった。
僕はもう気が気じゃなくて、気付いたら宙にふわふわ浮いて藤原と同じ目線にいた。ここは自分の夢だから、きっと好きに動けるのだろう。藤原は震える足で、ただ一心に前に進もうとする。

やめて、もう、ほんと、見ちゃいられない。

僕は叫んだけれど藤原には届かないようだった。
だって浮いてる僕でさえ下を見たら鳥肌が立つのに。ああ、心臓が痛い。

彼がそこまでして一体何を求めているのかと思い、藤原の歩くロープの先を見た。ロープは向かいのビルの屋上へと繋がっていて、そこにはたくさんの人がいる。
その真ん中にいるのは、僕だった。
亮が藤原に気付き、人の輪の中で笑っている僕の肩をたたく。僕も藤原に気付いて、二人で屋上から手を差し延べた。
それを見て藤原は少し笑顔になり、細いロープを少しずつ進む。
藤原が怖がっているのは痛いほど分かった。ただ高さが怖いんじゃない。藤原はたくさんの人を怖がっていた。たくさんの人の中で孤独になるのを怖がっていた。それならば最初から、と一人ぼっちを選んだのだろうけど、僕と亮がいるから、僕と亮の傍に居たくて、彼はこんなにも懸命に。

あと少し、あと少しのところで。

「藤原!!」

あの静かな亮が、叫んだ。
隣の僕は血相を変えて手すりを乗り越えようとしていた。
亮の伸ばした手も、僕の伸ばした手も、彼の手を掴むことは出来なかった。

りょう、ふぶき、

藤原が微かに呟いた声が、目を閉じた僕の耳に突き刺さった。



目を開けると、いつもの天井だった。
ああ、夢から覚めたのか、良かった。
僕の目からはいとしさから溢れ出た涙が幾筋も流れて枕に染みを作っていた。

ねえ藤原、君は誰かと向かい合うのがいつもあんなに怖かったんだね、気付いてあげられなくて本当にごめん。
君が僕と亮を選んでくれたこと、嬉しくて誇らしくて愛しいよ。


次は絶対君の手を掴んでみせるから。








(人付き合いに苦労しすぎです藤原さん)