境界線
亮は、いつもあまり感情を示さない目を僅かに見開いた。
昨日まできれいに整頓されていたはずの部屋はまるで惨状で本棚は空っぽ、何もかもが壁に投げ付けられたようで、その大量の紙や本や割れた何かの破片の真ん中で藤原がうずくまっていた。体を震わせて子供のように泣きながら。
呆気にとられたものの、とにかく彼の側に行こうと亮が一歩足を踏み出すと、靴の下で何かがパキンと壊れる音がした。
その音に藤原がはっと顔をあげる。
目は真っ赤に充血し、腫れて痛々しかった。彼はいつから一人ぼっちで泣いていたのだろう。
亮はあまり人と関わるのが得意ではなく、泣いている人間をどう慰めたらいいか分からなかった。それも普段落ち着いている友人が壁に物を投げ付け、鳴咽までこぼして泣いている場合には。
亮は静かに胸を締め付けられながらも、昔小さな弟が癇癪を起こして泣いている姿を思い出した。
あの時泣きじゃくる弟を、俺はどうやって慰めた?
本なのか紙の束なのか分からなくなったものを押しやると藤原の隣に座る。藤原の涙は未だ止まらない。止める気もないようだ。話を聞くことも出来ない。
亮は、遠い昔弟にしてやったように、藤原の柔らかい髪をくしゃっと撫でた。
藤原は一瞬硬直し、それから亮の手をそっと押し返した。
子供扱いしないでくれ、ということだろうか。
亮は藤原の気持ちが分からない自分を悔しく思った。二人は悲しいほど他人だった。
ふと、押し返した手の袖口から覗く手首に傷がついているのを見つける。
破片がそこらじゅうに散らばっているから、何かの拍子に切ってしまったのだろう。流れた血はもう大分固まっていて、亮は彼が一人で泣いた時間を思い、また後悔した。
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