棘の空洞




藤原優介という人間は、その名前とは裏腹に世の中の全てが許せないようだった。

ああ本当に腹が立つ。
そう言いながら手当たり次第にものを壁に投げ付けるなんて日常茶飯事で、今は僕もその音をBGMに紅茶が飲めるくらい慣れ切っている。
一度何がそんなに腹立たしいんだい、と聞くと全部だよ、と返ってきた。
その全てに僕も入っているのかい、とは聞かなかった。だってきっと肯定の言葉が返ってくるのだろうから。

「本当に腹立つ。あいつ死んじゃえばいいのに。ホント、もう俺の部屋にこなくていいよ、顔も見たくない」

今日は自分の部屋を訪ねて来た誰かに酷く腹を立てているようだ。
詳しく聞けばきっととても些細なことでこんなにも怒っているんだろう。
死とか殺すとか、物騒な言葉が飛び交う中飲むストレートティーは全くもって不味い。

「優介、ほらもう気は済んだだろ?こっちに来て一緒にお茶しようよ。ココアをいれてあげるからさ」

僕がこんなにも最上級の笑顔を作って言ったのに、優介は僕を睨みつけるだけだ。

「そうやってね、俺をあやしてるつもりなの?子供扱いはやめてよ、それとも俺を見下してるの?ホント吹雪の言葉っていちいち腹が立つよね」

そう言いながら僕の隣に座る優介。
全ての言動がちぐはぐで、僕も最初は振り回されたけど、今じゃ慣れっこだ。

「俺、紅茶がいい。」
「はいはい。」

分かってる、僕がさっきココアと言ったから紅茶で、僕が紅茶と言っていたらココアだったのだ。こんなに分かりやすい人間も他にいない。
僕は彼のお望み通りに、紅茶をたっぷりと注いでやった。
何度見ても目を疑う程の量の砂糖を落とし、ミルクを少し入れた、もはや紅茶風味の砂糖水と呼ぶべき飲料を飲んだ優介はやっと静かになった。
僕も一口、自分の紅茶を口に運ぶ。うん、やっぱり僕のいれた紅茶は美味しいね。

「…何笑ってんの」
「甘いもの摂取してる優介はかわいいなって思って」
「やめてよ。そんな誰にでも言ってること俺に言わないで」

ああ、あっという間にさっきまでの穏やかな表情は消え去り、綺麗な眉根を寄せて刺すように睨む優介。

「別にその他大勢と君を一緒にしたつもりはないんだけどね」
「俺にはそう聞こえたの。吹雪のバカ、もう少し考えて喋れよ」

今度は僕に向けて雑言を吐き出す優介に表面だけの謝罪をした(それは勿論すぐにバレて、余計彼の怒りを煽るのだけど)、だって僕は悪いなんて思っていない。寧ろ君が僕にだけこんな醜い面を見せてくれることが嬉しくて仕方ないんだもの。亮や先生方が君のこんな姿を見たらどんな顔するかなぁ。そう考えたらホラ、君を苛立たせる原因だっていう笑いが止まらない。
黙ってれば整った顔で躊躇いなく他人を貶る君の心は一体何色なんだろうね。

まぁ、でも彼はとびきりの天邪鬼だから、口から出る言葉なんて全部嘘だって、こんなこと知ってるのも僕だけだ。

いよいよ口汚く罵り始めた彼の唇をそっと塞ぐと、ほら、あっという間にきれいな君に元通り。