透明な切っ先




歳を重ねるにつれ、やらなきゃいけないこと、則ち義務が増えて生きにくい。

まだ学生の身で、しかも自分の好きなことを学べる学園に籍を置き、特に友達にも不自由していない俺がそんなことを言ったって何を贅沢なことを、と笑われるだろう。
それでも俺にとってこの世は義務だらけだった。

今日はこれをすませて、明日はあれをやって、そうそうメールも返さなくちゃ。ごはんもちゃんと食べないと。勉強をやらないと。あの本も読まないと。明日は授業だからもう寝ないと。

些細な義務が俺の身体にまとわりついて、日に日に自由を奪っていった。
愛されるだけで生きていけた小さな頃とはもう違うのだ。誰かを愛さなければ俺は誰からも愛されない。

(愛することは苦痛ではないけれど)

これでも俺はひとに気を使って生きているのだ。
さして興味のない人間に囲まれるのがつらくなる時もある。
天才なんて呼ばれて誇らしいのは最初だけ。壁を作りながら何故俺に近付こうとする?
ああ、煩わしい。


コンコン、と部屋のドアが控えめにノックされた。この音はきっと丸藤だろう。
どうぞ、と投げやりに返事をしたら、入って来たのはやはり丸藤だった。
俺は特に迎えることもせずにベッドに寝転がっていた。
丸藤は大事な友人だが、今は誰かと関わること全部がひどく面倒くさい気分だったのだ。

「藤原、具合が悪いのか?」
「うん、まぁ」

こう言ったら丸藤はさっさと部屋を出て行ってくれるだろうか。
実際俺は具合が悪い、体調はおいといて、精神的な部分がね。
頭は大分澄んでいた。朝からひたすら何も食べず、ベッドに寝転がったまま本を読んだりたまにまどろんだり、デッキを組み直してみたり。オネストが心配していたようだが、謝るのは明日でもいいだろう。そう、全部後回し。今日ばっかりは失礼な態度も許してくれよ、丸藤。

「心配してくれてありがとう、悪いけど一人にしてくれないか」

目も合わせずにそう言うと、俺は丸藤に背を向けた。
吹雪ならいざ知らず丸藤なら俺の気持ちを汲んでくれるだろう。

そう、思ったのに。

逡巡のような息をつく音のあと、わずかにベッドが軋んで、背中に空気を隔てた温もりを感じた。
振り返ると、ベッドに腰掛けた丸藤が心配そうに俺を見下ろしていた。

「藤原」
「なに」
「一人になりたいと思う時こそ、一人にならない方がいいんだ」
「…なに、それ。吹雪の受け売り?」
「俺の持論だ」

丸藤は至極真面目な顔で呟くと、寝転んだままの俺の頭をくしゃりとなでた。

途端、クリアだった頭がなんだかよく分からない靄で埋め尽くされてしまった。
あーあ、と思う反面、どこか懐かしくて暖かいその靄に嫌悪感を感じなかった。







(狂気は澄んでいるという話)